進化し続ける白内障手術:医療法人社団秀明会 遠谷眼科 遠谷 茂

2012年初版、2014年改訂1版、2016年改訂2版

 ここ数年、患者さんや友人から「白内障手術って、簡単ですぐ終わるのでしょう」といわれることが増えてきました。私もこれまで30年以上白内障手術を行い、3万件の執刀経験もあり、その手術経験から、難しい眼に対する白内障手術についての考察をヨーロッパの学会で発表したこともありますので、自分の意見を述べさせて頂いてもよいかなと思いますが、正直にいうと、このようなことをいわれるたびに本当にがっかりしてしまいます。 なぜなら、手術の質の追求には、表からは決して見えない工夫や努力があるからで、「簡単」とひとことでいってもらいたくないなあと思うからなのです。「美しい手術」、「無駄のない手術」といえるような手術は確かに存在しています。手術は生き物のように毎日進化しているのです。

 以前、白内障が進みすぎて緑内障発作を起こした方が突然来院され、割り込みで緊急手術をしました。 この方は、白内障になっている眼が長い間見えていないにもかかわらず、医師の診察を受けられていませんでした。 いきなり眼が痛みだしたので来院されたのですが、進行しすぎた白内障は水晶体が膨らむため、周辺の組織を圧迫し、緑内障を突然併発するのです。 これを放置してしまうと一両日で完全に失明してしまいます。「どうしてもっと早く医師の診察を受けられなかったのですか」とたずねましたら、「もう片方の眼が見えていたから、こちらの眼で見えればとりあえずいいかと思って」という話でしたので、もっと眼を大切にしてほしいと思いました。 この例は白内障でも極度に進行したものの例ですが、このような状況になると本当に危険です。 10人にひとりは難しい白内障の方が必ずいらっしゃいますし、たとえ手術が成功しても、そのあと失明に至ることもある眼内炎という合併症が、およそ1,000人から2,000人にひとりの割合で起こります。手術のあと、100人が100人とも良好な結果を得るという目標のもと、まさかの事態には適切な判断を瞬時にできるように、毎日の精進が必要です。

 白内障手術器械や眼内レンズの性能は、世界のメーカーのしのぎを削る開発競争で、どんどん進化しています。 それに伴って器械の性能を最大限に生かすための工夫や技術が手術に必要です。患者さんの眼はひとりひとり病気の状況が異なり、手術の方法も微妙な調整が要求されます。 自分のこれまでの手術経験だけで考えると、どうしても固定観念にとらわれがちになりますが、卓越した手術の技をお持ちの、他の先生方のお知恵を拝借すると、これまでどうするべきかと考えていた問題を、うまく解決できそうなアイデアが頭にひらめくことがよくあります。 過去に、三好輝行先生(三好眼科、広島県福山市)、藤田善史先生(藤田眼科、徳島県徳島市)、赤星隆幸先生(三井記念病院、東京都千代田区)の順番で手術見学の旅をしたことがあります。そのときのことなどを、ここで少し紹介してみます。 白内障手術とひとことでいっても、手術はそれぞれに違い、医師のたゆみない努力により変化し続けているのだということが、きっとみなさんにもわかっていただけると思います。

 同じ名前の料理を作るときでも、料理人が違えば使う道具や火加減が違います。 最近の料理の世界では、フランス料理の三ツ星レストランと京都の伝統ある料亭の料理人が、ジャンルを超えて互いの料理を教えあうという交流が行われているようですが、その道を究めている方々が切磋琢磨することは、とてもいいことだなと思います。 これと同じようなことが手術の世界においてもいえると私は思います。白内障手術の世界にも、医師によって独自の方法があります。 世界で活躍する医師達が、工夫に工夫を重ねた結果、ベストだと考えて使う技術を間近で見ることは、自分の手術を客観的に見つめ直すことを可能にしてくれます。

 20年ほど前、「フェイコチョップ法」の創始者である永原國宏先生(聖母眼科、香川県坂出市)の手術を見学させていただいたことがあります。 永原先生の開発されたフェイコチョップ法は、現在、世界中の白内障手術をする医師達にとっての基礎となっています。 私が手術の見学をさせていただいた当時、永原先生は2台のベッドを交互に使うという珍しい方法で、淡々と無駄のない手術をなさっていました。 この方法は、以来ちゃっかり私も真似させてもらっています。この方法で手術をすると、患者さんにとっては手術という心穏やかでない体験をする前や後の、不安な待ち時間が減りますし、医師にとっては手術の流れがスムーズなので手術のもたつきによるストレスがなくなる、本当によい方法だと思いました。 さらに、永原先生の手術室の上の階にはトレーニング設備があり、それを見た私は、手術では軽いメスしか持たないのに、最高のコンディションで手術に臨むため、常に体を鍛えていらっしゃるのだとびっくりしたことを覚えています。 時々、海外の学会で永原先生にお目にかかったときにお話をうかがうと、私にはとても思いつかないような新しい観点から、手術を考えられていることによく驚かされます。 そうか、なるほど、斬新な考えだなあ、と思わずにはいられません。野球でいえば「長嶋タイプ」というのでしょうか、天才肌の手術医とは永原先生のような人のことをいうのだな、と思います。

 先ほど私は、手術の方法は医師によって独自の方法があると述べましたが、赤星隆幸先生は永原先生のフェイコチョップ法とは異なる「プレチョップ法」という方法を開発されています。 フェイコチョップ法とプレチョップ法の違いは、簡単にいうと手術のときの水晶体の分割のしかたの違いです。たとえば、丸い雪の玉を分割することを想像してください。 永原先生のフェイコチョップ法は、左手のスコップで雪の玉を押さえ、右手で別のスコップを持って遠くから手前に中心めがけて引き寄せ分割する感じ、赤星先生のプレチョップ法は、大きなハサミを雪の玉の中心に入れて、左右に押し分けながら分割する感じです。 水晶体を分割するときにはどちらの方法が優れているか、というような話ではないので、それぞれの方法をよく研究して、長所を活かすことが大切なのです。

 三好輝行先生の手術は、ご趣味が手品であることも関係するのか、手術も本当に手品のような感じです。 手術の中に常に最先端の工夫が隠されているのです。私は過去に何度も三好先生の手術の見学に伺っていますが、毎回手術の方法がどんどん進化しているのには本当に驚きます。 三好先生はASCRS(アメリカ白内障屈折矯正手術学会)のフィルム・フェスティバル(研究や手術の過程を編集した映像のコンペティション)において、グランプリを受賞されたこともあります。 毎日の診察と手術だけでも、本当に忙しいはずなのに、仏像にも造詣が深く、最近改築された三好眼科の待合室には、患者さんの緊張や不安が少しでもなくなるようにと、大きな観音像がいらっしゃるとのこと。前述の永原先生の聖母眼科では、聖母マリア像がホールにいらっしゃるとのことです。 観音様や聖母マリア様の慈愛に満ちた優しいまなざしを患者さんに届けたい、病気になった患者さんの心を少しでも軽くしてあげたいと、永原先生も三好先生も考えておられるのかもしれません。現状に決して満足されない三好先生の意欲にも、本当に頭が下がる思いです。

 藤田善史先生の手術は、ご自身のイメージと同じく爽やかで鮮やかです。モーツアルトの音楽のように心地よい流れの手術です。 1999年よりミャンマーでボランティアとしての眼科医療活動もされていますが、ミャンマーのような医療後進国では、まだまだ医療技術が世界の標準に追いつかず、白内障や緑内障で失明する人々がとても多いのです。 藤田先生の「流れるような白内障手術」は、ミャンマーの人々を失明から救うとともに、現地の医師達を大きく啓蒙しています。 藤田先生は、ご自身の白内障手術に対する想いを『白内障手術に魅せられて』という本に記されています。 その本からは、先生の情熱がまっすぐ心に伝わってきて、私も「よし、がんばるぞ!」という気持ちになるのです。 藤田先生の穏やかなお顔からは想像しづらいことですが、ほんのささいな準備不足にも妥協を許さない、とても厳しい方であると看護師さんからは聞きました。 それは白内障手術を本当に大事な手術であると考えて、全身全霊で、丁寧に手術に臨んでおられるからこそ、であると思います。

 赤星隆幸先生の手術は、三好先生や藤田先生の手法とは異なる、ご自身で開発されたプレチョップ法を使われ、スポーツカーを運転するF1レーサーのような手術をされています。 その秘密を探ることは、手術のプロセスをひとつひとつ検証するうえで、とても有益だと思います。 赤星先生は手術方法や手術器具にどんどん改良を重ねられてその研究は世界でも注目され、アメリカやヨーロッパでの大きな学会ではもちろんのこと、世界各国からの招聘で教育講演や公開手術を積極的に行われています。 このような中、年間1万件近い白内障手術を手がけておられる赤星先生は、超人的な体力と精神力の持ち主なのだと思います。赤星先生もまた、白内障手術に魅せられたうちのおひとりなのだと思います。

 私事で恐縮ですが、私が眼科医となった頃の日本における白内障手術は「一晩頭を砂枕で固定し、ベッドで仰向けになって安静を保つ」のが常識でした。 しかし、アメリカやカナダでは日帰り白内障手術が広く行われるようになり、それを参考にして私は、1986年(昭和61年)に兵庫県で初めて日帰り白内障手術の実施に踏み切りました。このときはアメリカやカナダで日帰り白内障手術の実際を、自分の眼で納得いくまで確かめました。 カナダでは特に、世界的に有名なギンベル先生の日帰り白内障手術を見学しました。(ギンベル先生は1999年にアメリカ白内障屈折矯正手術学会により選ばれた、20世紀における25人のトップ眼科医のうちの一人です。) その頃は、日帰り白内障手術が日本ではまだ珍しかった時代でしたから、私も自分の目指す医療が心ない批判をうけるという悔しい思いもしました。 しかしそのような私を一番励ましてくれたのは、早朝から長蛇の列になって、静かに診察時間の開始を待ってくださった白内障の患者さん達でした。 兵庫県からだけではなく、四国や九州などから何時間もかかって来てくださった方もいらっしゃいました。あのとき、自分を頼りにしてくださる患者さん達がいらっしゃる限り、どんなことがあっても頑張ろうと思いました。 あれから20年以上経った今では、日帰り白内障手術はごく普通で当たり前の手術になっています。また手術器械と手術方法の進化により、昔は15ミリぐらいあった傷口も、今は2ミリぐらいに小さくなってきています。 昨日よりも今日、今日よりも明日と、患者さんにとってよりよい医療を追求していくことは、医師になった者の務めだと思います。そのためには、先入観や偏見にとらわれない広い視野をもち続け、新しく良いものにどんどんチャレンジしていくことが大切だと思います。

 年間の白内障手術件数が数百件という医師が多いなか、年間数千件の手術を手がけてなお、世界でも活躍される永原先生、三好先生、藤田先生、赤星先生のエネルギーは、やはり各先生方の白内障手術に対する情熱からもたらされるものであろうと思います。 この4先生方以外にも、卓越した手術の技をお持ちで、日々白内障手術の研究を熱心にされている先生方は、日本国内に本当にたくさんいらっしゃいます。 大学病院の先生方はもちろんのこと、地域の開業医の先生方にも、傑出した先生方はおられます。 他の先生方のこともお話しだすと、また何ページもそのお話でうまってしまいそうなので、そのお話はまた機会があればするということにします。 今、ここで紹介したいろいろな先生方の手術の話を通してみなさんにわかっていただきたいことは、みなそれぞれ方法は違いますが、濁った水晶体を取り除くときに、超音波が目に与える悪い影響を限りなく少なくするため、できうる限りの工夫を続けているということなのです。白内障の手術にも、医師それぞれのスタイルがあります。 しかし、卓越した手術の技は、実は基本にとても忠実なのです。私も常に啓発されながら、自分の手術を検証し、改善し、さらに正確な手術を追求していきたいと思います。

 ここ数年、白内障手術には大きな変化の波が押し寄せてきています。 まず、患者さんに大きく関係のあることとしては、白内障手術の時に眼の中に入れる眼内レンズの種類が増えたということです。 単焦点レンズに加えて、多焦点(遠近の2焦点、遠・中・近の3焦点)レンズ、軽度の乱視を矯正できるトーリックレンズ、透明のレンズに対して黄色い色のついた着色レンズなど、新しいレンズがいろいろ登場してきています。 このことは、患者さんが自分の眼の中に入れるレンズを選ぶことができるようになった、大切な自分の眼の手術に、積極的にかかわることができるようになったということを意味しますが、選択肢が増えたということは、前よりも考えなければならないことが増えてややこしくなったということでもあります。 もちろん、その人の眼の状態によっては、適しているレンズが限られていることもありますので、医師とよく相談して、ご自分の眼や生活環境に一番合った眼内レンズを選んでいただきたいと思います。

 次に寄せてくる変化の波としては、まだそれほどさしせまったことではありませんが、白内障手術で水晶体を砕いて取り除く時に、これまでの超音波だけではなくレーザーも使われるようになることです。超音波でも、手術の安全性は十分高いと考えられてはいますが、レーザーで白内障手術をする方が、もっと正確でトラブルも少ないのではないかと期待されているのです。 レーザーによる白内障手術器械は2009年にFDA(アメリカ食品医薬品局)の認可を受けましたので、アメリカやヨーロッパではすでにレーザーによる白内障手術が少しずつ行われ始めており、日本でもまだ多くはないけれども、レーザーによる白内障手術を実施する施設はでてきています。 しかしまだ保険診療としてその手術器械を使うことが認可されていないので、健康保険がききません。 患者さんがすべての費用を支払う高額の自費手術としてのみ、実施されている状況です。レーザーは1台あたり何千万円もしますので、当然のことながらその費用は患者さんの支払う自費手術費用に転嫁されます。 現在この手術の費用は、両眼で数10万円から100万円近い費用になるようですが、費用がそれだけ違うだけの結果の差があるのかどうかということが患者さんの知りたいところだと思います。

 レーザーによる白内障手術について、私がこれまで毎年海外の学会にでて、学会場での公平な議論を自分の耳で聞いてきたことからすると、正直のところ、今のところ白内障手術に熟練した医師が、特に問題のない眼をもった人に行う白内障手術では、レーザーによる手術でも、超音波による手術でも、結果の違いはそれほどでないと思います。それは、ものすごく大ざっぱな説明をすれば、手先の器用な日本人の熟練した医師が行う白内障手術は、とてもレベルが高いからです。 実際、海外の学会で、世界的に白内障手術の名手だといわれる医師の手術映像をみても、あまり感動しません。 それは日本なら、同じぐらい上手に、あるいはそれ以上にもっと上手に、白内障手術ができる医師がたくさんおられるからなのです。 その一方、アジアの南の方の地域の白内障手術では、日本人からすると、これは乱暴な手術だ、と思ってしまう手術があります。日本でなら、あのような手術は許されない、というような感じの手術です。ですから海外のレーザーの製造業者がアピールするメリットが、すべて日本で行われている白内障手術にも当てはまるのかというと、必ずしもそうではないと思います。 考えの観点を変えれば、海外では、手先が器用な日本人の熟練した医師が行う手術では起らないようなトラブルが、いろいろと起こってしまうので、そういうトラブルをなくすために器械の性能を上げる、という研究努力が一生懸命なされる結果、新しい器械がどんどん開発されていくのだろうという考え方もできるわけです。 野菜の皮むきでいえば、料理の初心者の場合は、包丁よりもピーラーを使う方が、格段と皮むきがうまくできるかも知れませんが、熟練した和食の料理人さんならピーラーよりも包丁の方がもっと美しく皮むきができる、ということがあるのと同じです。この場合、和食の料理人さんに対して、ピーラーの性能がよいといっても、包丁でも十分、それにもっと早く確実にできる、といわれてしまうでしょう。

 これまでの白内障手術でも、熟練した手先の器用な医師の手術では、手術による乱視はほとんど起らないことがわかっています。 現在、白内障手術をするためのレーザーは世界で数種類あり、まだその性能も発展途上にあります。 2016年のESCRS(ヨーロッパ白内障屈折矯正手術学会)では、海外の学会の論調としては、「レーザーによる白内障手術の結果は、総合的に考えて、これまでの超音波による白内障手術の結果と同等であり、上回ってはいない」ということです。ですから遠谷眼科としては、今すぐレーザーを白内障手術に使おうとは考えていません。性能をよく確かめてから、導入するかどうかを考えてみたいと思っています。

 このようなわけで、日本でレーザーによる白内障手術が一般的に行われる時代になるのはまだ先のことになりそうです。 新しい技術というものは、いいかえると、まだわからないこともあるということなので、すぐに飛びつくことは危険です。なぜなら、新しいものがいつも優れているというわけではないし、使ってみると今までのものとほとんど同じ、かえって前の方がうまくできた、ということも時々あるからです。 このレーザーによる白内障手術について、海外の学会で、ある医師が、「エンジニアというものは、いつも新しいものを開発したいと考える人種である、そして私達医師は、新しい技術を使うことで、自分の能力がさも上がったかのように誤解し、自分に酔ってしまう恐れがある、このことによく注意して、新しい技術には冷静な判断をすべきである」といっていましたが、本当にこれは大事なことだと思います。

 眼内レンズにしても、白内障手術にしても、海外の医師達は斬新なアイデアに優れ、日本の医師達は、そのアイデアや技術をさらに改善し、精度の高いものにしていくということにとても長けていると思います。ですから世界の医師達が、そのアイデアや、技術の精度について、偏見や先入観にとらわれることなく、どんどん意見を交換していくことが、眼科医療のさらなる発展に大きくつながっていくと思います。

 この文章を読んでくださった方々が、白内障手術は決して単純で簡単な手術ではなく、多くの医師達の研究によって、日々進化し続けているのだということをわかってくだされば幸いです。