屈折矯正手術(レーシック・PRK・ICL)について


 このページは、日本全国どの施設でレーシック、PRK、ICLなどの屈折矯正手術を受けるかにかかわらず、一般のすべての患者さんに公平で役に立つと思われるような医学情報を伝えることを目的として書かれています。
 すべての情報は、遠谷眼科が参加しているASCRS(アメリカ白内障屈折矯正手術学会)やESCRS(ヨーロッパ白内障屈折矯正手術学会)などにおいて、発表者の知識レベルにばらつきがあるために内容が玉石混淆となる一般発表ではなく、学会主催プログラムとして実施されるインストラクションコースやシンポジウムにおいて発表された内容、レーシックの分野で世界的リーダーの役割を果たしている医師たちが共同で執筆した最新の書籍、これまで15年以上にわたり屈折矯正手術を行ってきた遠谷眼科での実際の治療例など、情報のソースが信頼できるものに基づいています。 そのため、医学的な表現とは異なる部分がところどころにありますが、この点につきましてはご了承ください。なお、ここにある説明よりもさらに詳しく幅広い情報を知りたい人は、文末に日本眼科学会および日本白内障屈折矯正手術学会のホームページを学会の承認を得てリンクしていますので、そちらもご覧ください。
  一般のホームページとは異なり、非常に長い文章になっているのですが、眼科医療に携わる者として医療の本質的で大事なことだけを厳選して書きました。最後までお読みいただければ、きっと医療の真実がわかっていただけると思います。(2016年12月作成、その後は必要に応じて情報追加していく予定です)

▼このページの目次

  • 1.はじめに
  • 2.角膜の形を修正することで視力を矯正する手術:レーシック、PRK
  • 3.眼の中に眼内レンズを入れることで視力を矯正する手術:ICL(アイシーエル)
  • 4.屈折矯正手術を受けるときに気をつけること
  • 5.屈折矯正手術(レーシック・PRK・ICL)手術にかかわる費用

 

1.はじめに

 現在世界で広く行われている、LASIK(laser in situ keratomileusis, レーシック)、PRK(photorefractive keratectomy, ピーアールケー)、ICL(implantable collamer lens,アイシーエル)などの視力を矯正する手術は、英語ではRefractive Surgery(リフラクティブ・サージェリー)といい、日本語では屈折矯正手術(くっせつきょうせいしゅじゅつ)といいます。英語のRefractiveが屈折、Surgeryが手術という意味です。屈折矯正手術というと難しそうな感じに聞こえますが、簡単にいうと、眼の中に入る光の曲がり具合を変えて、網膜にうまく光が集まるようにして(ピントが合う状態にすることで)、ぼやけている見え方をはっきりさせようとする手術のことです。

 レーシックやPRKはエキシマレーザーで角膜をミクロンメートル単位で削ることにより視力を矯正する手術、ICLはコラマー製のやわらかい眼内レンズを眼の中に挿入することで視力を矯正する手術です。遠谷眼科が実施していない、ReLEx (refractive lenticule extraction)、FLEx(femtosecond lenticule extraction)、SMILE (small-incision lenticule extraction) につきましては、日本でも以前から取り組んでおられる先生方がいらっしゃいます。2015年および2016年のヨーロッパ白内障屈折矯正手術学会 (the European Society of Cataract and Refractive Surgeons, ESCRS) における屈折矯正手術の国際的なシンポジウムにおいては、これらの手術の長所がこれまでアピールされてきている割には、シンポジウムを聴講している医師達の中で実際に実施している医師が少ないなという印象を個人的にはもちましたし、その時シンポジウムを進行している医師も、同じようなことを言っていました。また、アメリカ眼科学会(the American Academy of Ophthalmology、AAO)が出版するRefractive Surgery 2016-2017(屈折矯正手術2016-2017年版という意味)というテキストブックにおいても “Although early results are promising, these procedures are currently under clinical investigation”(日本語に訳すと、“初期の結果は有望だが、これらの手術は現在のところ臨床調査中の状態である”という意味)と書かれていますので、世界的に考えると長所はある手術ですが、角膜に実施する屈折矯正手術としては、レーシックやPRKほど一般的になった手術であるとはまだ言い難いかもしれません。ですから、もしこれらの手術をこれから受けようと考えておられる人がいましたら、これらの手術の長所と短所、そして、これまでに起こったトラブルにはどのようなものがあり、そのトラブルについてはどのように対処していくのかということを丁寧に、わかりやすく説明してくれる施設で手術を受けていただきたいと思います。特に再手術をするときにはどのようにするのかということを尋ねてください。
 手術には、それぞれに長所と短所が必ずあります。どの手術がどの手術より優るとか、精度が高いとか、安全だとかいうような、単純な結論にはなりません。その人がどんな眼をもっているかにより、手術の選択肢はいつも違います。ひとつの手術しかできない眼の人もいますし、すべての手術ができる眼の人もいます。また、どの手術もできない眼の人もいます。患者さんとしては、自分の眼がどういう眼なのかということをよく知ることが大切です。

 ここ数年、レーシックの手術後に何らかのトラブルを抱えた人の診察をする機会がたびたびありました。中には、弁護士の先生に相談したいといわれて、今の眼の状態について、診断書を作成してほしいといわれた患者さんもおられます。診断書の作成を依頼されたときは、そしてそれなりに適切な理由があるときは、原則として医師は断ることはできないと思いますので、客観的・中立的な立場で診断書を作成しましたが、レーシックの手術を受けた後の患者さんの眼の状態をあらわす診断書は、普通の眼の病気の診断書を書く場合とは違い、とても時間と手間がかかるのです。それは、視力検査のデータを形式的に記載するだけだと、何の問題も生じていない、これは普通の眼だ、どこもおかしくない、と判断されてしまうような眼の人が多いからなのです。検査器械が間違っているわけではありません。患者さんが間違っているわけでもありません。ただ、ひとつの正常値で、すべての患者さんの視力を画一的に考えて、手術をしてはいけないのだ、ということなのです。眼科の手術は、洋服を作ることでいえば、すべてが本人の体のサイズに合わせたオートクチュールか、ある程度のところまで合わせたプレタポルテに適宜修理を加えるような手術でなければなりません。ものを大量生産するような、画一的な考え方で手術をしてはいけないのです。
 2014年のESCRSで、1989年に世界で初めてレーシックを手術された、著名なギリシャのパリカリス先生(Professor Ioannis Pallikaris)が“Emmetropia the perfect imperfection”というご講演の中で、パルテノン神殿は、完璧な景色をつくりだすために、建築の観点からは、わざと不完全に作られているところがあること、日本の柳宗悦(やなぎむねよし)の考え方“the art of imperfection(不完全なものの美)”などを話されたのち、正常な視力であるという意味のエメトロピアの定義を次のようにされました。“Emmetropia is the refractive stage in a healthy eye in which any individual achieves the perfect visual function based on his needs.(エメトロピアは、その人のニ一ズに基づくパーフェクトな視機能を達成する、健康な眼における屈折状態である)” このことは、眼科の教科書には載っていないことですが、完璧な視機能をあらわす絶対値は存在しないということなのではないかと思います。8年ぐらい前だったか、あるドイツの医師は、強い近視をなおして、高次収差も限りなくゼロに近くして、本当に完璧といわれるようなレーシックをしたのに、その患者はすばらしい見え方に喜ぶよりも、何だか前とは違和感があるとつぶやいた、そのとき私は個人の見え方の好みというものがあるのだと感じた、というようなことをいわれていました。
 屈折矯正手術においては、これは白内障手術においても、眼内レンズで視力を変えてしまうので同じことなのですが、その人の好きな視力、その人の好きな見え方に合わせていくということがとても重要なのだと思います。ただ、その人の好きな視力、好きな見え方というのは単純な数値で簡単に割り切ることができないので、患者さんと医師・スタッフの両方が協力して手術を考えていかないといけないでしょう。
世界的な眼科医療の常識では、レーシックは精度および安全性ともに非常に高い手術であるとされています。そしてこのことは、原則論としては正しいと思います。もし原則と矛盾することが起こってしまったら、それはなぜ起こったのかということを明らかにして、これから二度とそのようなことが起こらないよう、あらゆる方向から努力をしていくべきだと考えます。
  2015年7月に開催された、リフラクティブ関西研究会において、午後の部のシンポジウム「レーシックをどう考えるか(座長:木下 茂 先生(京都府立医科大学教授))」にて意見を述べるようにとのお話をいただき、兵庫県の開業医としての意見を述べさせていただきました。リフラクティブ関西研究会は2001年に発足した研究会で、以来、世界的に著名な眼科医である木下先生がリードされ、この研究会に参加した屈折矯正手術を行う医師達が常に基本に立ち返り、知見を広め、新たな発想を得て未来の手術に向かっていくことができる研究会です。日本における屈折矯正手術の歴史をすべて知っている会だといっても過言ではありません。これからも、レーシック、PRK、ICLなどの屈折矯正手術が、医療技術として適切に理解され、適切に実施されていくために、遠谷眼科も研鑽につとめたいと考えています。


2.角膜の形を修正することで視力を矯正する手術: レーシック、PRK

 

 レーシックやPRKはエキシマレーザーで角膜をミクロンメートル単位で削ることにより視力を矯正する手術です。角膜削るというからには、削っても大丈夫な角膜かどうか、ということを手術の前に最初に判断することが非常に大事です。また、裸眼の視力を手術で大きく変えてしまう手術ですから、どのぐらいの視力までなら変えてもよさそうなのか、手術をする前に確かめておかないといけません。そのためには、きちんとした自然な眼の状態で、手術前の検査を複数回受けることがとても大切です。
日本でレーシックに対する集団訴訟が起こったのは、2014年12月のことでした。新聞やテレビ等での報道によれば、12名の患者さんが、手術後の合併症や後遺症をめぐり、手術を受けた医療施設から手術前に適切な説明がなかったということを争われているようです。裁判の詳しい内容はわかりませんが、手術には必ず合併症や後遺症がつきものであり、その中には比較的容易に治療できるものもあれば、いったん起こると治療することが非常に困難なものもあります。ですから、合併症や後遺症ができるだけ起こらないような手術をしていくということが非常に大事なのです。医療において安全性が高いという場合は、手術で起こりうることのリスクをかなり高いレベルでコントロールできて、想定したような結果が出せるという意味です。しかし、それでもなお、手術のリスクをゼロにすることはできません。手術中に想定しないようなことが起こってくる、ということは必ずあり、もしそうなったら、そのときの医療技術で対応していくことになります。それならば、いっそのこと、合併症や後遺症が起こるような手術は医療技術として認めなければいいじゃないか、というような意見がでるかもしれませんが、そもそも医療技術というものは、合併症や後遺症が起こることが前提なのです。しかし、その合併症や後遺症のリスクの中でも、小さなものと大きなもの、比較的容易に治療できる多くの合併症と、いったん起こるとなかなか治療できないまれな合併症があり、手術を実施するときは、できる限り合併症や後遺症が起こらないような努力をしていくことが大事です。
 FDA(アメリカ食品医薬品局)は2008年4月25日、レーシックの安全性を向上させる目的で公聴会を開き、レーシックを受けて何らかの健康被害にあった人やその家族から意見をききました。2009年5月22日、そして2011年9月23日に再び、FDAは眼科医療プロフェッショナルに対してレターを出し、レーシックの手術器械やレーシックについての誇大な宣伝情報や不適切な情報が流されているのを見かけた場合は、FDAに通報するよう呼びかけました。また、レーシックを受けた人に対して、もしその人が、レーシックを受けたことが原因で日常生活に支障が起きるようになってしまったら、FDAに報告するようウェブサイトで呼びかけています。アメリカの政府機関がこのようなことを行っている背景には、レーシックという医療技術がアメリカの宇宙飛行士や軍人に適用される非常に安全性の高い医療技術である一方で、FDAの監視の届かないところでずさんなレーシックが行われ、その後遺症のために苦しんでいる人が現実にいるということがあります。インターネットの情報は、「言ったもの勝ち」的なところがあるので、医療倫理よりも資本主義社会の利益追求が優先された場合には、どうしてもその情報内容は多くの人々にレーシックを受けてもらいやすいような、いいところばかりの利益誘導型情報になってしまいます。
 眼科医の中には、適切な人に対して適切な方法で実施すれば、レーシックは私たちの生活の質を上げることに役立つ医療技術であると考える医師が世界でもたくさんいます。しかし、万一トラブルが起こってしまうと、たとえその発生率は非常にまれではあっても、日常生活に何らかの影響がでる可能性がある以上は、病気ではない眼に行う医療技術としては賛成できないと否定的に考える医師もいます。
 このようなわけで、このページは、レーシックやPRKという医療技術の姿を、ありのままに、良いところも悪いところも含めて、わかりやすく知ってもらいたいと思って作成しています。そしてレーシックやPRKを受けるにしても、やめるにしても、その決断をサポートする情報として使ってもらえれば、嬉しく思います。

(1)レーシックという医療技術はいつ開発されたの?
 レーシック(laser in situ keratomileusis, LASIK)は、レーザーで角膜を削って角膜の形を変え、視力を矯正する手術です。keratosはギリシャ語で「角膜」、「mileusi」は彫刻するという意味です。角膜の形が変わると、光が眼の中に入ってくる角度が変わるので、手術前には合っていなかった眼の焦点がうまく合うようになり、ものが見やすくなるのです。レーシックは1990年に確立された技術で、25年ぐらいの歴史があり、眼科の手術の中では、適切な人に適切に手術が行われれば、手術のメリットがデメリットを上回る安全性の高い手術であるとみなされています。遠谷眼科は1999年に、関西の眼科専門医で初めてレーシックを開始しました。
レーシックは、眼科の手術の分野としては、屈折矯正手術(refractive surgery、リフラクティブ・サージャリー、リフラクティブは英語で「屈折による」、サージャリーは「手術」という意味)という分野に入ります。屈折矯正手術というと難しく聞こえますが、簡単にいえば眼の中に入ってくる光の屈折力を変えることで、視力を矯正しようとする手術だと思ってください。
 角膜を削って視力を矯正するというアイデアは、実は昔からあって、今からおよそ65年前の1949年に、コロンビアのボゴタで、ホセ・イグナチオ・バラケ医師によって考案されました。その時点ではレーザーで角膜を削るという技術がまだ開発されていなかったので、ろくろを使って角膜を加工して研究が行われていたそうです。その後、何人もの医師のいろいろな研究が加えられて、現在のレーザーで角膜を削ることにより近視・遠視・乱視を矯正するレーシックという医療技術ができあがりました。
レーシックで失敗したら失明するのかと質問されることが時々ありますが、眼科手術の基本に沿った手術をすれば、レーシックで失明するような事態は通常起こりません。レーシックは、眼の表面の角膜という部分に行う手術なので、他の白内障や緑内障や硝子体手術のように顕微鏡を使って手術器具を眼の中に入れていく手術に比べ、単純で易しい部類の手術だからです。15年ぐらい前のレーシックでは、手術器械の性能がまだ今ほど高くなかったため、医師の技量に頼る部分がかなりありましたが、最近の手術器械では、手術のプロセスがほとんど自動化されていますので、手術中に医師の技量や判断が問われるような事態はかなり少なくなってきています。

(2)レーシックは「ぜいたく手術」なのか
 レーシックが他の眼の病気の手術と違うところは、「しても、しなくてもいい」手術だということです。なぜなら、視力を矯正するには眼鏡やコンタクトレンズという、きちんと使えば安全性の高い別の方法があるからです。白内障、緑内障、糖尿病網膜症など、一般的な眼の病気の場合は、あるレベルにまで病気が達すると、そのまま手術せずに放っておくと失明します。ですから、患者さんがどんなに手術がいやで怖くても、失明がいやなら手術をするしかありません。一方、レーシックの場合は、手術をしなくても患者さんが失明することはありません。ですからレーシックは、病気を治す手術だとはみなされず、保険がきかない全額自費で支払う手術とされているのです。つまり、一種の「ぜいたく手術」である、とみなされているのかも知れません。
 しかし、例外的にレーシックが、ぜいたく手術ではなく、必要な手術だといえる人たちがいます。その人たちは、いつも生命の危険と隣り合わせになることが多い、軍人のような人たちです。砂嵐やがれきの中では、眼鏡をしていると眼鏡が砂ぼこりで曇るために、前が見えなくなってしまいます。コンタクトレンズをしていると砂が眼の中に入ってくるために、眼が痛くてあけられなくなってしまいます。一瞬の動作や判断の狂いが、生命の危険につながってしまうような人たちにとっては、レーシックはぜいたく手術ではなくて、生命を守るために必要な手術だといえることもあるでしょう。アメリカの学会で、軍の施設で軍人にレーシックを実施している医師の発表をきくと、自分がこの手術をしていることに、とてもプライドをもっている、という医師がたくさんいます。それは彼らが、医療技術を通じて、自分達の国と軍人達の生命を守っていると考えているからなのだろうと思います。
 しかし、ここでみなさんにわかってほしいことは、レーシックが軍人には必要となりうる手術であるということではなくて、同じ医療技術が、同じような視力の状態の人たちにとって、ある人にとっては非常に必要である一方で、別の人には全く必要がない場合があるということなのです。ですから客観的、論理的に、レーシックという医療技術のもつプラス面がマイナス面を上回るかよく考えてから、レーシックを受けてほしいと思います。

(3)レーシックの満足度はどのぐらいか
 レーシックという手術が一般にはどの程度の満足度をもたらしているのかといいますと、満足であると明確に答えている人の割合は95%ぐらいであるといわれています。そうすると、残り5%ぐらいの人が大なり小なり何かしらの不満をかかえているということなのですが、この点についてはいろいろと学会でも議論されています。「矯正が強すぎる」、「矯正が弱すぎる」、「夜の光がまぶしく、ぎらついてみえる」、「見え方が前より暗くなった」などのような感覚的なものが、不満足の原因ではないかと考えられています。夜間の光の見え方の問題は、手術器械の性能進化とともにかなり軽減されてきていますが、その他の問題は、レーザーで削った角膜表面が変化していく過程や、脳や身体が新しい見え方に順応していくスピードや程度が人それぞれ違うので、手術の結果を100%コントロールすることはできません。ですから、レーシックは角膜をμm(1,000分の1㎜)単位で削る精密な手術ではありますが、やってみなければ結果の細かいところまではわからないアバウトな手術でもあります。
また、年齢的なことをいうと、若い人の方が年齢の高い人よりもレーシックを受けたことに対する満足度が高いという傾向があります。その理由としては、年齢の高い人はすでに老眼になっているため、レーシックをすると近くが見づらくなり、そのために満足度が低くなるのではないかということです。ですから40代以降の人にとっては、レーシックはよほど遠くを見たいという動機が強くなければ、それほどメリットがある医療技術ではありません。たとえ若い人であっても、手元の作業ばかりしている人には、レーシックの満足度は高くないかも知れません。それは、老眼世代の人と同じように、遠くが見えるようになることと引き換えに、近くを見るときには眼がとても疲れてしまう、近くを見るための眼鏡が必要になる、ということが起こるかも知れないからです。
 「素朴な質問ですが、遠谷先生はどうしてレーシックをする人なのに、眼鏡をかけているのですか?」と聞かれることがあります。もしレーシックがそれほど良い医療技術なら、眼科医が真っ先に受けているはずだと考えるのも当然なことで、この質問は非常に鋭い質問です。簡単にいうならば、「眼科医は患者さんに対してレーシックの手術はしますが、眼科医がレーシックを受けると、いつも近くばかりを見ている職業上、とても不便になってしまうことがでてくるのです」というのが、この質問に対する正直な答えです。眼科医の仕事では、診察で患者さんの眼の中をのぞくときも、顕微鏡で眼の中をのぞきながら手術をするときも、カルテを見るときも、大体自分の腕の長さで足りる距離で行う近くの作業が多いです。ですからまだ20代や30代の、若くて遠くをよく見るゴルフやアウトドア・スポーツなどの趣味をもっている活動的な眼科医の場合は、レーシックを受ける人もいると思うのですが、すでに40代を越えて老眼が顕著になってきている眼科医の場合は、レーシックをすると遠くが見えるようになっても手元が見にくくなるので、よほど遠くを裸眼でみたいとか、人前にでるときは眼鏡をかけたくないとかいう強い動機がなければ、レーシックを受けない人が多いと思います。ですから、老眼世代である遠谷眼科の遠谷も戸田も、患者さんに対してはレーシックの手術はしますが、自分は近視で老眼のまま、眼鏡をかけて仕事をしています。このような答えにみなさんがどのぐらい納得されるかわかりませんが、とにかく年齢を問わず、手元の作業が多い仕事をしている人や、細かい仕事をする時に身体的な感覚が重要とされる仕事をしている人は、レーシックには不向きであると考えてください。
  遠谷眼科が現在使っているレーザーの器械で実施したおよそ3,600件のレーシックやPRKで、手術後に起こった何らかの問題を解決するために実際に来院された患者さんは数人おられます。眼科の手術は、いつも両眼にするわけではなく、片眼だけにすることもあるので、1件といえば片目1眼のことをいいます。ですから3,600件といえば、普通は両眼に行う手術なので、人数としては1,800人のことです。手術後数年して、両眼あるいは片眼の視力が近視に戻ってきたので、再手術をして視力をアップさせた人は1眼です。1,800人のうちの数人ということなら、数値としては1%以下だということになるのかもしれませんが、その数字の背景には「欲をいえばもっと改善したらなぁというところもいろいろあるのだけれど、今まで見えなかった距離のものが見えるようになったから、まあこんなもんだと思っている」という寛容な患者さんの存在があると思います。これまでに解決できなかった問題としては、レーシックをした後、左右の眼の見え方の差が気になるという患者さんがひとりいたということがあります。その差も検査数値には表れてこないような本当に微妙なものでした。眼のクオリティとしては、間違いなく良い眼だといわれるはずのものでしたが、患者さんの感覚としては違和感があるということでした。おそらく、同じような視力や見え方の状態であっても、他の多くの人では全く問題がないとされることでも、繊細な感覚をもっている人の場合には、問題となる場合があるのかも知れません。この患者さんの場合は、よりよい見え方を目指して再手術をするにはリスクが高すぎますので、何とか新しい見え方に脳と体が慣れていただけないだろうか、とお願いしました。
 2011年のASCRS(アメリカ白内障屈折矯正手術学会)で、3月29日に行われた「ASCRS FDA Symposium LASIK Quality of Life Study Update (ASCRS FDA シンポジウム レーシックの生活の質研究 最新報告)」の中で、アメリカ海軍サンディエゴ基地の海軍中佐Hofmeister医師は、「海軍では過去10年間に10万人以上の軍人が屈折矯正手術を受けてきた。軍務についていた中でひとりだけ、レーシックを受けた後に見え方の質が悪くなったという理由で除隊になった人がいる、その人がレーシックをした後の視力は20/20(= 1.0)で、高次収差(見え方の質を悪くすると理論的に考えられている、眼の中の光のばらつき)も低い、それなのに、どうして見え方の質が悪いというのか?よりよいレーシックを行うために、このような患者こそ研究をしていかなくてはならない」といわれていました。
レーシックという医療技術の満足度を100%に近づけていくためには、患者さんの見え方に対する主観的な部分と、眼科の検査データや手術器械の性能などからくる客観的な部分のギャップを、コミュニケーションによって手術の前にどれだけ埋めていくかということがとても大切であると考えています。医療従事者の側では当たり前だと思っていて、わざわざ聞くまでもないというようなことでも、患者さんからすると、聞かれるまでそのようなことが医学的に注意すべき点だとは考えもしなかったというようなことがありますから、何か不安や疑問に思うことがあったら、遠慮しないでスタッフや医師に質問してほしいと思います。そして、もし自分にレーシックは向かないのではないかと少しでも思ったら、決断を急がないでください。レーシックは、「しても、しなくてもいい」手術ですし、しようと思ったら、その時でなくても、あとからいつでも受けることができます。

(4)ものの見え方は人によって違うのか
 私たちがものを見ているとき、眼がものを見ていると思っている人が多いと思いますが、実は脳が最終的にものを見ています。その点では、私たちの眼は脳のために視覚情報を集める、脳の出先機関であるといえるでしょう。そしてまた、脳は眼が集めてくる視覚情報を全部使わずに、自分の好きな情報だけをとりあげて、嫌いな情報は無視するという、情報の取捨選択をすることもわかっています。耳でも同じようなことが起こっています。たとえば、電車の中で本を読んでいる時など、電車の音や人の話し声が本当は耳で聞こえているにもかかわらず、そういう音は自覚しないというようなことです。また、両眼でみていても、右眼の情報と左眼の情報は、別々に脳に伝わっていて、最後は脳が右眼と左眼の情報をうまく合体させていることがわかっています。つまり簡単にいえば、私たちは自分モードの画像調整機能をもっているというわけなのです。
 レーシックだけに限りませんが、眼科の手術をすると、いきなり昨日と今日では見え方が変わります。そのような場合、見え方の急激な変化に翌日から順応できる器用な人もいますが、そうではない人もいます。「人工の手を加えない自然な眼に優るものはない」ということをふまえた上で、患者さんと医師が共同して、できるだけ脳に負担をかけないような手術を行っていくことが大切だと思います。

※遠谷眼科のレーザーは、現在Allegretto Wave Eye-Qを使っています。(医療機器承認番号22300BZX00418000)
 このレーザーは、ウェイブフロント・ガイデッド方式でも、ウェイブフロント・オプティマイズド方式でもレーザー照射ができますが、最初に行うレーシックの場合は一般的にウェイブフロント・オプティマイズド方式を採用するレーザーです。以前に遠谷眼科で使っていたVISX STAR S4 IRは、一般的にウェイブフロント・ガイデッド方式を採用する方法です。どのようなレーザーの照射方法であれ、最近の手術器械の精度はどれも非常に高いので、手術後の結果は同様であると一般には考えられています。

(5)レーシックをすると裸眼視力はどのぐらいになるのか
 レーシックをした後は、翌日に1.5や2.0に裸眼視力が上がる人もいれば、1週間、2週間、1ヶ月とかけて視力が徐々に上がる人もいます。また、手術前の眼の状況により、手術をしても1.0までは可能性が高いけれども、1.5や2.0までは難しいという人もいます。遠谷眼科で行ったレーシックのこれまでの傾向をみていると、近視の程度がきつかった人や、年齢が高い人の方が視力の回復には時間がかかっています。また、薄いフラップを作った人の方が、視力の回復には時間がかかる傾向があるようにも思います。下のグラフは、2006年9月から2008年3月第2週までの間に遠谷眼科でレーシックを受けた人の、およそ550眼の裸眼視力(手術翌日から1か月後までの視力の平均値)データです。日本眼科学会のガイドラインでは、-10Dまでの近視がレーシックの適応範囲であるとされていますが、当院が使っているAllegretto Wave Eye-Qは、FDA(アメリカ食品医薬品局)によって-12Dまでの近視矯正が認可されていますので、-10Dを少し超える近視の患者さんもその他の手術適応条件が満たされている場合には、数は少ないですがレーシックを実施した人もいます。
左下のグラフでは、近視の程度が軽い人の方が、右下のグラフでは、若い人の方が、小数視力の数値が高いという傾向がみてとれますが、どの年代でも、時間の経過とともに視力が回復しているということは共通しています。
 最近は携帯電話やパソコンに囲まれる日常生活環境があり、近い距離でものを見ることが多くなっていますので、一度レーシックで近視を矯正しても、その人の生活環境により、また近視の方向に戻っていくということもあります。このような状態は、リグレッションとよばれています。リグレッションとは英語で「あと戻りする」「回帰する」という意味です。しかし、手術後何年ぐらいしたら、どのぐらいの人がまた近視になるのかというと、その人の眼の状態や生活状態にもよるので個人差があります。毎日パソコン操作や書類を読んでいることが多い人と、スポーツをしている人では、生活環境が違うので、近視に戻りやすいかどうかも違うと思われます。また、手術器械によって角膜の削り方が違うためか、再手術を必要とするぐらいにリグレッションが起こる割合が、数パーセント違うということがわかっています。アメリカの学会で聞いた数字では、当院のアレグレットは他の手術器械に比べて再手術率が低くなっていましたが、おそらくこれは1Dあたりに削らなければならない角膜の量が少ないからではないかと考えています。遠谷眼科では、およそ3500件のレーシックで、再手術まで踏み切った人は1名1眼です。この数字は非常に少ないと思う人もいるかもしれませんが、レーシックの再手術においては、患者さんそれぞれの年齢やライフスタイルが大きく関係しています。たとえばレーシックを受ける前の小数視力が0.1以下だった人が、レーシックをした後に1.2ぐらいになって、それがまた0.7になったとしても、昔に比べたらまだ十分、わざわざ再手術をするほどではないと考える人も多いでしょう。また、30代半ばでレーシックを受けた人は、手術後数年たって、またなんとなく近視に戻ってきたような気がするけれど、最近は老眼も感じるようになってきたので、近視の方が近くを見やすくしてくれるのでちょうどいい、という人もいるでしょう。
 老眼世代の人は、レーシックをすると、遠くは見えるようになりますが、近くは確実に見にくくなります。老眼は、簡単にいうと、加齢により水晶体が固くなって伸び縮みしにくくなるために起こる状態ですから、角膜の形を変えることで視力を矯正しようとするレーシックでは、一般的にはうまく老眼を矯正することはできません。20代、30代のときにレーシックで近視を矯正した人も、いつかは老眼になりますから、10年後、20年後は眼鏡が必要になることを忘れないでください。

(6)レーシックの手術プロセス
レーシックのプロセスは、大きくわけて2段階あります。それは、フラップを作る段階と、レーザーで視力を矯正する段階です。

①フラップを作る段階
 最初の段階は、料理でいえば野菜の皮をむいたり切ったりする段階で、角膜の表面に「フラップ」という、およそ100μm(0.1mm)の薄いフタのようなものを作る段階です。現在レーシックのフラップは、マイクロケラトームかフェムトセカンド・レーザーで作ります。野菜の皮むきでいえば、包丁を使って皮をむくか、ピーラーで皮を向くか、どちらの道具を使うかというようなことです。レーシックのフラップを作るという点では、最新の器械の性能をもってすれば、マイクロケラトームでも、フェムトセカンド・レーザーでも、どちらの方法でも同じようなフラップを作ることができます。

 学術的には、マイクロケラトームでフラップを作るレーシックを「レーシック」、フェムトセカンド・レーザーでフラップを作るレーシックを「フェムトセカンド・レーシック」と呼んでいますが、どちらも大きな意味では「レーシック」です。しかし、「●●レーシック」「▲▲レーシック」というような名称を器械のメーカーがつけて、自社製品で行うレーシックをブランド化していることもありますし、さらにレーシックを行う施設が、他施設と同じ手術器械で行うレーシックであっても、マーケティングの観点から他施設との差別化を図る目的で自由に考案した名称を使っている場合もあります。時々、レーシックにさまざまな名称がつけられていることに混乱して、何がどう違うのかわからないと質問されることがあるのですが、学術的な言語としては、「●●レーシック」も「▲▲レーシック」も「★★レーシック」も「××レーシック」も、「レーシック」か「フェムトセカンド・レーシック」のどちらかで、どちらも大きな意味ではレーシックです。

②エキシマレーザーで視力を矯正する段階
 次は、料理でいえば野菜をいためたり、煮込んだり、味付けをする段階で、レーシックでいえば、作ったフラップをめくり、その下にある角膜にレーザーをあてて、実際に角膜を削って視力を矯正する段階です。フラップを作る段階とレーザーを角膜にあてる段階のどちらがより重要かといいますと、それは言うまでもなくレーザーをあてていく段階です。なぜなら、手術後の視力には、フラップを作る段階よりも、レーザーをあてる段階の方が大きく影響するからです。

(7)フラップの厚さと角膜を削る量について
 レーシックのフラップをより薄く作ろうという考えが出てきたのは、おそらく2005年ごろからだと思います。それは、レーシックを受けた後、非常に発症確率は少ないものの、エクタジア(ケラトエクタジア、角膜拡張症ともいいます)という角膜の後ろの部分が前に突出してくることで角膜の表面が変形し、そのため乱視が大きく発生し、その結果視力がものすごく落ちてしまう原因不明の病気の存在がクローズアップされてきたからです。アメリカではエクタジアになってしまった患者さんが、医師に対して裁判を起こすということまで起こりました。当時は万一エクタジアになってしまったら、とにかく眼の突出をおさえる治療をかたっぱしから実施してみるということしかできませんでした。
 エクタジアを発症した人の眼が、レーシックを受ける前にはどのような状態だったかということを世界の医師が調査していると、一般の眼の病気として知られている「円錐角膜」という、角膜が円錐のように突出してくる眼の病気に非常によく似ていることがわかりました。そして、起こりやすい眼のタイプや、どのような状況の人に起こりやすいかということも、だいぶんわかってきました。
 現在、エクタジアや円錐角膜が起こる原因の一番大きなものとして挙げられているのは、角膜のやわらかさ、弱さです。もともと角膜がやわらかいために、あるいはレーシックなどをして弱くなってしまったために、角膜全体を支えきることができなくなって、角膜の裏側(後面)の部分が前に突出してくることで角膜の表面の形が変形してくると考えられています。角膜の裏側(後面)の部分から前に出てくる、ということがエクタジアや円錐角膜が起こっているかも知れないという第一サインです。角膜の表面が変形していても後ろの部分が変形していなければ、円錐角膜やエクタジアではないのではないかと考えます。ただし、発症率はきわめて少ないというものの、円錐角膜っぽい眼というのは普段から患者さんの眼にはよくあるのです。遠谷眼科で白内障手術を受ける高齢の患者さんの中には、かなりの割合で「円錐角膜疑い」という病名がつけられるような眼をもった人がいます。そういう人は、若い時から円錐角膜っぽい眼だったけれども、年をとるにつれて角膜がだんだん固くなっていくので、角膜変形がそれほど進行しないで、いつの間にか止まってしまったのではないかな、と考えられると思います。
 昔のマイクロケラトームでは160μmぐらいのフラップを作っていましたから、フラップを作るだけで角膜を無駄にする部分が多くなっていました。それで、角膜を温存してエクタジアを防ぐためには、より薄いフラップを作らなければならないということで、フェムトセカンド・レーザーによる100~110μmぐらいのフラップを作る技術が開発されてきたのでした。その後マイクロケラトームでも100μmのフラップを作ることができる器械が開発されてきましたので、今では器械を選べばフェムトセカンド・レーザーでも、マイクロケラトームでも同じぐらいの薄さのフラップはできるようになったのです。
 フラップは薄ければ薄いほどいいのかと、どこまで薄いフラップを作ることが可能か試してみる動きもありました。2008年ごろに80μmのフラップを実験的に作ったところまでいくと、フラップが裂けたり、穴があいたりすることが多くなり、80μmのフラップではレーシックがうまくできないということがわかりました。薄すぎるフラップでもだめなのだということがわかって、2008年から2009年ぐらいのところで、これ以上薄いフラップを追求する動きはなくなりました。海外の学会で話を聞いていますと、100~130μmのフラップが適切な厚さであるとして好まれているようです。
 レーシックの後にエクタジアが起こる原因のひとつとして、角膜が弱いということがあげられるならば、もともと角膜の薄い人や、近視の度が強すぎて角膜を削る量が多くなってしまう人は、最終的に残る角膜の厚さが薄くなる可能性が高く、そうすると角膜が弱くなってしまうので、レーシックをするのは危険だということになります。レーザーの種類によって、同じ程度の矯正量を実現するのでも角膜を削る量は違ってくるのですが、だいたいの目安としては、角膜を15µm削ると1Dの矯正ができると考えます。フラップを作るだけで100μm以上の厚さが必要だとすると、-7Dぐらいの近視の人の角膜を削る量と同じだけの角膜の厚さがフラップだけに消費される勘定になります。それでは、角膜の薄い人はフラップなんか作らないですぐにレーザーをあてる方が、より安全だろうということにもなります。昔ならエクタジアのことがわからなかったので、-20Dの人にまでレーシックが実施されたこともあったそうですが、2005年ごろからは、近視の度数の強い人や角膜の形がいびつな人などに対しては、フラップを作らないでレーザーを照射し角膜を削るPRKという方法を選ぼうという動きがでてきました。

(8)PRK(photorefractive keratectomy)、LASEK (laser subepithelial keratomileusis)、 Epi-LASIK(epithelial laser in situ keratomileusis)
 レーシックで作るようなフラップは作らないで、角膜の表面に近いところからレーザーをあてて角膜を削ることで視力を矯正していく方法として、PRK(photorefractive keratectomy)が1985年に、一足早く開発されていました。しかし初期のPRKでは、レーザーを照射した後の角膜表面がスムーズにならないことで視力の予測が難しく安定しないという問題があり、その問題を解決するためにレーシックという技術が開発されたという経緯があります。その後、エキシマレーザーの性能も進化し、エクタジアの発症を防ぐ目的もあって、PRKはここ数年で再び脚光を浴びてきました。PRKでは角膜の表面にある角膜上皮をスパーテル、ブラシ、レーザーなどいろいろな方法で除去して、レーザーを角膜にあてていきます。LASEK (laser subepithelial keratomileusis、日本語ではラゼックといわれますが、レイゼックの方がより英語に近い発音)では、アルコールを使って角膜上皮を除去し、Epi-LASIK(epithelial laser in situ keratomileusis)では、マイクロケラトームを使って角膜上皮を除去します。
 最近ではPRK、LASEK、Epi-LASIKという言葉を使わずに、全部まとめてアドバンスト・サーフェス・アブレーション(Advanced Surface Ablation、ASA)と呼ぶ医師もいます。アドバンストは英語で「進んだ」、サーフェスは「表面」、アブレーションは「切除」という意味ですから、角膜の表面を切除する(削る)手術というわけです。アドバンストという言葉をつけずに、ただ、サーフェス・アブレーション(Surface Ablation)という医師もいます。日本ではPRKや、LASEKや、Epi-LASIKという、それぞれの細かい違いを区別して使われていた言葉がまだ多く残っているのですが、海外のトレンドとしては、LASEKもEpi-LASIKもPRKもまとめてアドバンスト・サーフェス・アブレーション(=サーフェス・アブレーション)ということが多くなってきています。ですから、レーザーによる屈折矯正手術を考えるときには、フラップを作るレーシックか、フラップを作らないサーフェス・アブレーションかの2通りから、どちらの方法がその患者さんの眼には適切かということを総合的に考えていく時代になってきています。
 それでは具体的にどういう人がレーシックで、どういう人がサーフェス・アブレーション(PRK)を選んだらよいのかというと、再手術をする可能性が高い人や、視力が早く回復しないと困る人のような場合はレーシックの方が適切だと考えられていますし、もともとの角膜の厚さが500μm未満である場合や、レーザーで角膜を削った後に残る角膜の厚さが280μm未満になるような角膜が薄い人の場合、また、円錐角膜という角膜が突出する病気に進行するようないびつな乱視をもっている可能性がある人の場合は、サーフェス・アブレーション(PRK)をした方がよいと考えられています。しかし、どちらの方法を選ぶかは、眼の状態に加えて、その人の年齢、性別、日常生活の状態によってリスクの組み合わせが変わってくることがありますから、ケースバイケースであると思ってください。

(9)レーシックの手術前検査が手術結果に及ぼす影響
 手術前検査は非常に大切です。なぜならその結果が、手術のときにどのぐらい角膜を削るかを決めるからです。レーシックを希望する人の多くは、コンタクトレンズを使っている人が多いと思いますが、コンタクトレンズは眼の形をゆがめているので、検査の前に一定期間、必ず外してください。海外の学会では、ハードコンタクトレンズをはめていた眼では、コンタクトレンズを外して3か月たっても、まだ角膜の形はわずかに変化していることがあるといわれていました。「Refractive Surgery(リフラクティブ・サージャリー)2016-2017, American Academy of Ophthalmology (アメリカ眼科学会)」によれば、ソフトコンタクトレンズなら最低3日から2週間、ハードコンタクトレンズなら2週間から3週間外す、というのが目安です。遠谷眼科では、ソフトコンタクトレンズなら1週間以上、ハードコンタクトレンズなら2週間以上外してから検査を受けてもらっています。外す期間が長ければ長いほど、角膜の形が自然な形になってよいでしょう。
 私たちの角膜は、一度削ると二度と元通りにはできません。眼の検査データがいい加減だと、その合っているかどうかわからないデータに基づいてレーザーの照射プランをたてることになりますから、どうしても良い結果がでない確率が高くなります。私たちの視力は、そもそも日によっても、時間によっても違うことが多いので、日をおいて2、3回検査をして、視力のばらつきを確認するべきだと思います。最近来られた20代の女性の患者さんでは、1回目と2回目の視力検査の結果に1.5Dぐらいの差があり、また角膜の厚さも変化するので、もう少し確実なデータがとれるまで手術を延期することにしました。1回目のデータは夕方にとったデータでした。2回目のデータは午前中にとったデータでした。それなら2回の検査の平均値をとればいいかというと、そういう問題ではありません。視力がばらつくには、何らかの原因があると思われますから、その原因をまずつきとめないといけません。ですから、いくら仕事で忙しいといっても、1回のデータだけでその後何十年もつきあっていかないといけない自分の眼にレーシックをするようなことは、とても危険なことですから絶対にやめてほしいと思います。
 暗いところでは瞳孔がどのぐらい大きくなるかを測ることも大切です。もし、瞳孔の大きさよりもレーザーをあてるエリア(照射径)が小さい場合は、夜間の光がまぶしくぎらつく現象が起こりやすいといわれています。通常の照射径では、角膜を削る量が多すぎるために、照射径を小さくしてレーザー照射をするようなときは注意しないといけません。一般的には、瞳孔の大きな人ほど、近視の程度や乱視の程度がきつい人ほど、レーシックをした後に夜間の光がまぶしくぎらつきやすいと考えられています。しかし、最近の研究では、瞳孔が大きくても光の見え方の変化をそれほど感じない人がいるという報告もあるので、そう単純に割り切れる話ではないのですが、とにかく保守的に考えるならば、瞳孔が薄暗いところや暗いところで大きくなる人は(直径で6.5mmを超える場合)、レーシックの手術後にまぶしさを感じる可能性が高いと考えてください。
 もしレーシックを受ける前に、すでに夜間の光がぎらついたり、まぶしく感じたりしている人は、レーシックをするとその傾向がもっと強くなるかも知れませんので、レーシックを受けることに慎重になってください。

(10)手術後の視力
 レーシックは、レーザーで私たちの角膜をμm(1,000分の1mm)単位で削る、非常に精密な手術である一方で、体質の違う人間を相手にするので、同じようにレーザーを照射しても結果には個人差がでるという、アバウトな手術でもあります。同じ内容の食事をしても、体質や年齢によって、太りやすい人とそうでない人がでるのと同じようなことだと思ってください。私たちの眼は年齢によって状態が変わりますから、屈折矯正手術をする医師や施設は、患者さんの年齢別に、経験に基づいた独自のノモグラム(さじ加減)をもっています。
 レーシックをした後の視力が予想通りに出ない、あるいは、人によって同じことをしても視力の出方が違うということには、眼の状態には個人差があるということや、レーシックで削った後の角膜の回復状況には個人差があるという、患者さんの体質によるところと、レーザーの性能には限界があること、手術前の検査のデータが不正確であることなど医療技術の適用によるところが関係しているといわれています。
患者さんの体質による誤差を手術前に予知することは不可能ですが、それ以外のところからくる誤差は、手術前の検査のデータの精度を上げれば回避できることもあります。手術後の視力や見え方に生じる誤差をできるだけ少なくするために、手術前の眼を良い状態に保って、精度の高い検査を受けてください。

(11)レーシックを受けることに慎重になるべき人
 レーシックをしても、手術後の結果がよくない可能性が高い人の例としては、糖尿病にかかっている人、妊娠中の人、授乳中の人、視力が変動する薬をのんでいる人、皮膚結核にかかっている人、慢性関節リウマチにかかっている人、HIVにかかっている人、レチノイン酸やステロイドなどの薬を使っている人、まだ身体の成長が続いていて眼の形が変わる若い人などです。また、眼のヘルペスにかかったことがある人、緑内障にかかっている人、緑内障にかかっている疑いのある人、眼圧の高い人、眼に炎症が起こっている人、眼に怪我をしている人、眼の手術を前にしたことがある人、眼瞼炎になっている人、瞳孔径が大きい人、角膜が薄い人、非常に強い近視の人、屈折矯正手術をすでに受けたことがある人、ドライアイになっている人、抗精神薬をのんでいる人などもレーシックを受けることに対して注意しなければいけません。このような人は、必ず医師によく相談してください。男性よりも女性の方が、レーシックの適応のハードルは高いです。女性がレーシックを受けるときに考えないといけないことを次に説明しますので、特に将来子供をもつ可能性の高い若い女性にはよく読んでいただきたいと思います。

(12)女性がレーシックを受けるときの注意
 女性ホルモンの量は角膜の固さに影響を及ぼすことがわかっています。避妊のピルをのんでいる時と、のんでいない時では、視力の出方が違います。レーシックを受けるときの手術前検査は、男性よりも女性、そして若い女性の方がより検討すべき項目が多いです。20代から30代の女性の場合は、近いうちに妊娠することを考えているか、不妊治療をしているか、出産・授乳が終わってからどのくらいの期間が過ぎているかなど、女性ホルモンの状態と将来のプランを医師と相談して確認してから、レーシックを受けてください。40代から50代の女性の場合、ドライアイの状態がきつくなるといわれますので、レーシックを受けるには注意が必要です。
妊娠中および授乳中は、視力が変動するのでレーシックは禁忌(=してはいけないこと)だということは世界の常識です。 きちんと勉強をしている医師なら当然知っていることですから、まともな医師なら、妊娠中や授乳中の女性にレーシックをすることは、まずありません。他施設で授乳中にレーシック受けて経過がよくないために遠谷眼科に来られた人がいますが、アメリカ眼科学会の「Refractive Surgery(リフラクティブ・サージャリー)2016-2017, American Academy of Ophthalmology 」には、多くの医師は、出産と授乳を終えてから3か月は検査や手術を待つべきだと考えている、ときちんと書かれています。

(13)レーシックの合併症(副作用、トラブル)
 どの手術においても合併症があるのと同じように、レーシックにも合併症はあります。 その中でも主な合併症を以下に挙げてみます。 その他にも合併症はありますので、万一合併症が起こったら、レーシックを受けた施設できちんと相談してください。

①ドライアイ
 ドライアイはレーシックで最もよく起こる合併症です。 レーシックを受けた後、誰でも多かれ少なかれ、眼が乾くと感じます。原因としていろいろなことが考えられていますが、そのうちの大きなものとして、フラップを作るときに角膜を切断することと、角膜にレーザーをあてることが、神経にダメージを与えるということが挙げられています。この点では、フラップを作らないPRKの方が、レーシックよりもドライアイは軽いといわれています。レーシックを受けようとする人の中には、コンタクトレンズがごろごろしていやだからという人がよくありますが、これはドライアイ体質であるというサインであることが多いです。このような人はレーシックをすると、もっとドライアイになるので、レーシックをする前にドライアイの状態がどのくらいか調べて、先にドライアイの方をしっかり治療してからレーシックを受けないといけません。
レーシックの後、角膜が急激に回復していくのは、手術翌日から数週間(ほぼ1か月ぐらい)の間です。この間ドライアイになってしまうと、角膜の表面がざらざらになり、回復が遅れてしまいます。どんなに精密な検査をして、どんなに精密にレーザーをあてても、手術後の角膜がうまく回復しないと視力も安定しません。ですから手術後1か月ぐらいの間は積極的にドライアイを防いで眼を護ってほしいのです。

 FDA(アメリカ食品医薬品局)は、レーシックの後1か月間は、レーシックの合併症としてのドライアイが誰にでも起こるとしています。それ以降のドライアイは、もともとの体質にもよるでしょうし、職場や自宅の環境にもよるでしょう。同じ人でも、場所が変わればドライアイの症状を感じたり、感じなかったりします。エアコンの吹き出し口の近くに座ることの多い人や飛行機の中など、極端に乾燥した室内で仕事をする人はドライアイになりやすいです。 パソコン作業を長時間する人は、パソコンから出てくる温風だけでなく、画面をずっと見つめることでドライアイになりやすいです。 文章を長時間読む人、細かい数字を読む人、細かいものを仕分ける人など、何かをまばたきをせずにじっと見ることの多い職業の人は、職業柄いつでもドライアイになりやすいです。 携帯電話をよく見ることもドライアイにつながります。 そうすると、私たちは誰でも、いやでもドライアイになってしまうような日常生活環境の中にいることがわかります。目薬ではドライアイが治らないような場合は、コラーゲンでできたプラグを涙の穴に入れる治療も早めに考えた方がよいでしょう。

②夜間の光の見え方の変化(グレア現象、ハロー現象)
 レーシックを受けた人が感じる合併症で代表的なものとしてあげられるものは、夜間の光の見え方の変化です。夜の光がぎらぎらまぶしく見えるようになります。夜、対向車のライトなどがまぶしくて、眼を細めないといけないような状態(グレア現象)が起こります。また、今でも街灯の周りには、ぼんやりともやがかかって見えているという人もいると思うのですが、それがさらに加速されて、光の周りに何重にも光の輪のようなものがかかって見える状態(ハロー現象)が起こります。角膜を削ったことによって、眼の中で光の反射が変わり、このような現象が起こるのではないかと考えられています。このような光の見え方の変化には、時間とともに脳が慣れて気にならなくなるともいわれていますが、その程度にはやはり個人差があります。
 夜間に瞳孔がどのぐらい大きくなるかは人によって違い、直径6mmの大きさになる人もいれば直径8mmの大きさになる人もいます。夜間に光の見え方がまぶしくぎらついたり、もやもやとした光の輪がかかって見えたりする人は、瞳孔が大きくなる人に起こりやすいといわれています。ただ、最近の海外の研究では、瞳孔が大きくてもこのような光の現象を感じない人もいるという話もありますので、光のまぶしさなどの感じ方には個人差が大きいと思われます。
 見え方の変化がどのぐらい起こるかを100%予測することは不可能にしても、手術前に瞳孔の大きさをきちんと測ることで、ある程度は夜間の光の見え方の変化がひどく起こる可能性が高いかどうかは推測できるかも知れません。実際にレーシックをしてみて夜間の光の見え方が不快に感じるかどうかということは、最終的にその人の脳が新しい見え方に慣れるかどうかということによるので、レーシックをしてからある程度時間がたってみないとわかりません。
 光の見え方がぎらついたり、まぶしくなったりすると困る、輪がかかるように見えると困るという人は、レーシックはやめた方がよいと思います。職業としては、夜間、車や単車を運転する職業についている人は、安全面から道路事情などを考慮して、レーシックを受けても大丈夫かどうかをよく検討してほしいと思います。※これまで他施設でレーシックを受けられて、まぶしくて困っているといって遠谷眼科にこられた患者さん達は、暗いところの瞳孔径を測ると8mmぐらいありました。

③見え方の明暗・濃淡の変化(コントラストの変化)
 テレビやパソコンの画面が明るいときや暗いときに、画面の明るさやシャープさを調整して見やすくすることができる機能があることを思いうかべてください。この画面の明暗・濃淡のことをコントラストといいます。私たちも、脳がうまく画像調整をしてものを見ているのですが、レーシックをすると、ものが前より暗く見えるようになった、ものの輪郭が前のようにシャープに見えなくなったと感じるという人がいます。実は、レーシックをしてコントラストが上がったという人もいないわけではないのですが、問題になりやすいのはコントラストが低下したと感じる人の方なのです。日常生活や職業に影響があると困るのです。ですからレーシックを受けるときにはコントラストの低下が起こりうるということを警戒しないといけないのです。
 海外の学会では、眼のカーブが急な人や、平坦な人、角膜を多く削った人が、コントラストの低下を感じやすいといわれています。画家やデザイナーなどの芸術家、歯の色で虫歯の程度を見分ける歯科医や、現場におちた塗料のかけらから車種を割り出す鑑識の仕事など、細かい色の違いを見分けるような仕事をしている人は、今の色の見え方が変わる可能性がゼロではないので、レーシックを受けても大丈夫かどうかもう一度検討してください。

④低矯正(アンダーコレクション)、過矯正(オーバーコレクション)
 レーシックは、正視という、近視でもなく遠視でもない状態を目指す手術なのですが、私たちの眼の角膜は、人によって状態が違いますので、同じようにレーシックをしても、予想以上に矯正が強くでたり、弱くでたりすることがあります。また、レーシックで削った後の角膜の回復状況にも個人差があるので、その差が手術後の視力に影響を与えることもあります。手術前の検査のデータが、実際の視力とは誤差があった場合にも、手術後の視力に影響を与えます。重い過矯正の場合は、すぐに再手術をした方がよいという場合がありますが、軽い過矯正の場合は、半年から1年ぐらいの間に近視化して、最終的にはうまく視力が落ち着くこともあるので、メガネやコンタクトレンズをうまく補助として使いながら様子をみるのがよいと思います。よほどの状態ではない限り、再手術はできるだけ回避したほうが良いと思います。

⑤Diffuse Lamellar Keratitis (DLK)
 DLKは角膜に起こる炎症です。DLKが起こる原因はいろいろと推測されていますが、これというものはまだわかっていません。DLKが起こると、フラップの内側に白い小さな粒のようなもの(炎症細胞)が砂をまいたようにうっすら見られます。手術の翌日、レーシックを受けた全体の2%から4%の人に起こるといわれています。放置していると数日で、白い粒が白いかたまりのように広く大きくなり、角膜の中心部にまで及びます。最後には角膜が溶けてしまって、ものが見づらくなり、最悪の場合には角膜移植をしないといけないようになります。DLKが起こったら、少しでも早く治療を始めないといけません。どんなに仕事が忙しくても、どんなに大事な用事が入っていても、DLKの治療は時間との戦いなので、治療の方を優先してください。初期の段階ではステロイドの目薬などで治し、この時点でDLKをしっかりおさえこむことが大切です。もしDLKがそれでも治らないときは、フラップをめくって眼を洗浄します。DLKが進行して角膜が溶け始めたら眼の洗浄はもうできないので、あとは角膜の状態がこれ以上悪くならないように保存的な努力をするしかなく、視力を回復することも難しくなります。

⑥Epithelial Ingrowth (エピセリアル・イングロース)
 角膜上皮細胞が、フラップとその下の角膜との間に入り込んでしまう状態です。最初のレーシックでは、全体の3%未満の人に起こるといわれていますが、再手術のときは発症率が上がります。普通は周辺部が白く濁るだけなので、視力に影響がでることは少なく、そのため自覚症状もあまりありません。しかしその白い濁りが角膜の中心部に及んでくると、乱視がでたり、遠視になったりして、視力が落ちたという自覚症状がでてきます。初期の段階では、小さな白い濁りがフラップ周辺部2mmぐらいのところに起こります。数か月の間に自然と消えていくことも多いので、経過観察をします。もし、この白い濁りが消えないで、周辺から中央に向かって広がってきたら、今度は病気の進行を警戒しないといけません。なぜなら、ひどい場合にはフラップが溶けてしまうことがあるからです。早くフラップをめくって、その下にある白い濁りである角膜上皮細胞を完全に取り除くことが大切です。

⑦エクタジア(角膜拡張症)
 レーシックの手術前検査で最も大切だと考えられているのは、エクタジアという病気が起こりやすい眼かどうかを手術前の検査で判断することです。エクタジアは、レーシックやPRKという屈折矯正手術を行うことで、角膜の強度が損なわれ、角膜の後面が前面に突出してくることで角膜が変形し、乱視が発生することで視力が急激に低下する深刻な合併症です。
 エクタジアがなぜ、どのようにして、いつ起こるかというメカニズムは、いまだ全て解明されておらず、その治療法についても現在世界の眼科学会で著名な医師たちが試行錯誤を重ねながら研究しています。屈折矯正手術を受けていなくても、エクタジアと同様に角膜が突出することにより乱視が発生し、視力が急激に低下する円錐角膜という病気を発症する人もいますので、何もしなくても自然に角膜が突出してくる病気があるということは、すでに一般的な眼科の病気として広く認知されています。
海外でこれまでにエクタジアや円錐角膜を発症した人について調査した結果、角膜が柔らかい人に起こりやすいということや、眼をこするくせのある人、角膜の形がいびつな人などに起こりやすいということがわかっています。人種的にも起こりやすい人種とそうでない人種があるようです。
 エクタジアが、角膜が弱くなるということで起こると考えられていることから、レーシックの手術前の検査ではいろいろな観点からリスク要因がどの程度あるかを確認し、最後は総合的に判断をします。その中でも特に重要な点として、もともとの角膜の厚さが500μm未満ではないか、レーザーで角膜を削った後の残りの角膜の厚さが250μm未満にならないか(国際基準では250μmですが、遠谷眼科では誤差が出る可能性を考慮して280μm~300μm)、すでに円錐角膜の病気の兆候が起こっていないかなどというようなことをみます。近視の程度がきつい人だと、角膜を削る量が多いため、残りの角膜が不足してしまう可能性があります。
 レーザーの種類によっても、同じ矯正量を実現するのでも、角膜を削る量に20μm程度の違いがでることがあり、ボーダーラインのケースの人では、このレーザーでは角膜が不足してだめだけれども、別のレーザーではぎりぎり角膜が残るので、レーシックが可能だということもあります。また、それほど近視は強くなくても、もともとの角膜の厚さがそれほどない場合は、たとえ角膜を削る量が少なくても、残りの角膜が不足してしまう可能性があります。角膜の厚さには何も問題はないけれど、角膜の形の方に問題がありそうだ、という場合もあります。誰が見ても満場一致で危険だとわかるような、いびつな角膜の形の人もいますが、なんとなくいやな形の角膜だなというぐらいの人もいます。
 この、レーシックをしてもいい眼か、そうでない眼か、という判断基準も、医師や施設によって違います。検査器械によっても違います。角膜の形を見たときの医師や検査スタッフの勘と、その直感をサポートする客観的なデータを集めるために、遠谷眼科では角膜の形を複数の器械を使って調べています。眼科の角膜の形を調べるには、角膜の前面しか検査しないものがあるので、もし、その人の角膜が今のところ前面が強いために、後面にあるでこぼこをうまくおさえこんでいる間は、検査データでも異常であるというシグナルはでません。通常の視力検査でも、角膜の前面にまで、でこぼこが及んできていなければ、乱視もそれほどでず、問題のない眼だと判断されてしまいます。
 しかし、この、なんとなくいやな形の角膜だなと思うものは、10人にひとりぐらいは必ずあるのです。このような人には、エクタジアの発症を防ぐため、フラップを作らずに角膜の上部を少し削っただけでレーザーをあてるPRK(LASEKもEpi-LASIKもPRKの変形だと考えてください)の方がよいですと伝えることになるのですが、PRKはレーシックに比べて視力の回復に時間がかかりますし、痛みや不快感も続きますので、患者さんはできることならあんまり痛くないレーシックをしたいという人が多いのが現状です。
 そうすると、エクタジアの発症確率は一般に数千分の1であるといわれていることに賭けて、普通の人よりも自分の眼はリスクが高いのを承知の上でレーシックを受けるか、それともレーシックはやめてPRKにするか、もうレーシックもPRKもしないことにするか、最終的には患者さん本人がよく考えて決断しないといけません。万一エクタジアが自分の眼に起こってしまったら、どうするのか、ということも考えないといけません。
 エクタジアが起こった時の年齢によっては、その人の角膜の固さが違いますので、角膜が前面に突出してくるスピードや程度も異なるであろうと考えられています。一般に若い人の場合は角膜が柔らかいので角膜が突出してきやすいようですが、40代以上になると若いときよりは角膜が固くなっていると思われ、突出の度合いもゆるやかであるかも知れません。 現在実施されているエクタジアおよび円錐角膜の治療法としては、ビタミンB2を含ませた眼に紫外線をあてることで角膜の強度を増し、角膜の突出をおさえるコラーゲン・クロスリンキング(クロスリンキング)という方法があります。エクタジアが起こった後、クロスリンキング治療によって、視力が回復する人もあれば、回復しない人もいます。年齢や、角膜の突出程度によって、治療の成功率が変わると考えられており、その結果をあらかじめ予想することはできません。クロスリンキングの効果は、治療後何年にもわかって続くことがわかっています。中には、大きく視力が変動する人がいることもわかっています。このような視力変動に対しては、屈折矯正手術を受けた人専用のコンタクトレンズや、眼鏡による視力矯正で対応します。ただし眼鏡では矯正できない乱視もあるので、コンタクトレンズの方が視力の矯正はしやすいです。
 レーシックの後に視力が落ちてきたと思ったら、必ず角膜画像をとる検査をしてください。早いうちなら、クロスリンキングをすることで角膜の変形をおさえることができ、視力もそれほど低下させずにすみます。エクタジアが大きく進んでしまうと、最終的には角膜移植手術を受けなければならないこともあるのです。
 コラーゲン・クロスリンキングは、1999年にヨーロッパで開始された治療法です。15年以上の実績があり、現在のこの治療に対する海外の学会では、当初開発された方法(ドレスデン・プロトコル)で実施すれば、非常に安全性が高く、成功率も高い治療であると認識されています。前述のように、クロスリンキングはリボフラビンというビタミンB2と紫外線を使って角膜を固くすることで、角膜が突き出てくるのを抑える治療ですが、紫外線は皮膚がんの原因にもなるといわれているように、強い毒性をもっています。このため、紫外線を眼に直接あてるコラーゲン・クロスリンキングは本当に慎重に実施されないといけません。 当初は、エクタジアや円錐角膜の治療に対するクロスリンキング治療を実施するときは30分の紫外線照射をするのが基本でしたが、患者さんおよび医師や医療スタッフの、長時間の治療に対する身体的・精神的負担を軽減するというニーズがあり、今ではそのためにさまざまな手術器械が開発されて、最も短いものでは数分で紫外線照射が完了するという治療器械まで出てきています。紫外線の照射時間については、紫外線照射のエネルギーを強くすれば、その分照射時間を短縮しても、同等の治療効果が得られるという考えがあるからです。ただ、この状況については、海外の学会では大きな意見の対立があります。ここ数年、海外の学会で聞いているところでは、紫外線照射の時間は短縮しても10分程度、このぐらいなら治療目的は達成されるが、数分で紫外線照射を完了するものは眼に対する影響がきつすぎるのではないか、という意見をもつ医師もいます。
 ヨーロッパの学会でクロスリンキングについての講演を毎年聴いていますと、インストラクションコースを主催するような著名な医師が何度も、「効率を優先してはいけない」「基本は忠実に守り、決して患者さんを研究のための実験道具にしてはいけない」といっているのがわかります。医師が学会という公の場でこのようなことをいう時は、基本を守らないで失敗した治療例を実際に自分の眼で見ていることが多いですし、そのような安易な治療を実施する医師に対しては警告を発し、そうでない他の医師に対してはそのような治療をしないよう呼びかけている場合が多いと思います。
 クロスリンキングにも、さまざまなものがでてきています。クロスリンキングの時に、角膜表面にある上皮を剥離して、リボフラビンを角膜に浸透させて紫外線を照射するスタンダードな方法(Epithelium-off, Epi-off)、上皮を剥離しないでリボフラビンを角膜に浸透させて紫外線を照射する方法(Epithelium-on、Epi-on)があります。どうして角膜上皮を剥離する方法としない方法があるのかというと、角膜上皮を剥離すると、ばい菌に感染しやすいというリスクがあり、また、上皮を剥離するために患者さんの治療後の眼の痛みも続きますので、できることなら角膜上皮を剥離しないでクロスリンキングをやりたいというニーズが強くあったからです。クロスリンキングの効果は上皮を剥離する方法が高いことがわかっています。
 また、クロスリンキングは角膜を強化するということから、クロスリンキングをレーシックと併用するレーシック・エクストラ(LASIK Xtra)という方法もあります。しかし、この方法については、海外の学会でも賛否両論あり、海外の保守的な医師は、病気でもない眼に紫外線をあてることには大きく抵抗がある、といいます。そもそもクロスリンキングは、円錐角膜やエクタジアの治療のために開発された治療なのだから、エクタジアの発症予防を目的としてレーシックの時にクロスリンキングを併用するのは、医療としては筋違いであろう、という意見もあります。
 その一方で、角膜がやわらかいためにせっかくレーシックで視力を矯正したのに、エクタジアになってしまったら患者さんがかわいそうだ、エクタジアを予防するためにクロスリンキングを最初からレーシックに併用するレーシック・エクストラという方法は有意義な方法だ、と考える医師もいます。このような考えは、人種的に角膜が非常に柔らかく、レーシックした後にエクタジアが発症する確率が一般的な数千分の1ではなく、数割にのぼるような世界の国々の医師に見られると思います。ただしそのような同じ国でも、やはり反対をとなえる医師もいますので、この方法を採用するかしないかは、医師の個人的考え方や、患者さんが置かれている環境によるものが非常に大きいと思います。比較的角膜がやわらかくないと考えられているような世界の国々の医師は、病気になってもいない眼に、不必要かも知れない医療技術をわざわざ追加することには非常に抵抗があるとして、レーシックにクロスリンキングを併用するレーシック・エクストラという方法を実施するべきではないと考える医師が多いようです。 さらに、レーシック・エクストラという方法について反対する意見を持つ医師の中には、クロスリンキングをすると角膜が変形するという状態が発生するので(もちろん、レーシックで併用するクロスリンキングは、エクタジアや円錐角膜の治療を実施するときのクロスリンキングと同じではないけれども)、レーシック・エクストラを実施するときの角膜に対するクロスリンキング効果がもたらす長期的な影響についてはまだわからない、円錐角膜やエクタジアの時に実施するクロスリンキングが角膜の平坦化をもたらすことがあることからすれば、数年後にレーシック・エクストラをした患者が遠視気味になる可能性も否定できないとして、レーシックとクロスリンキングを併用することに慎重な考えをもっている世界的に著名な医師もいます。
 これらのことについては、それぞれの医師の考え方がありますから、どちらが正しいとは今の段階ではいうことができないと思います。遠谷眼科としましては、レーシックとクロスリンキングを併用する方法には、客観的で長期的なデータが世界中でもまだそれほどでていませんので、現在のところ判断は保留ということにしています。レーシックとクロスリンキングの併用については、非常に特別な理由がある場合は、実施しても良いかもしれませんが、それほど特別な理由がない場合は、するべきではないと考えています。 このような状況ですから、患者さんとしては、クロスリンキングやレーシック・エクストラを受ける場合には、どうして自分の眼がその方法を必要としているのか、その治療方法はどのようなものか、ということを医師からきちんと説明を受けて、その説明に納得されてから手術を受けるのがよいと思います。円錐角膜やエクタジアの治療として今や世界基準となったコラーゲン・クロスリンキング治療の開発者であるスイスのテオ・ザイラー医師は、長年にわたるクロスリンキングの治療経験において、クロスリンキング治療後に大きく視力が変動し続ける患者さんの例を見ているので、レーシック・エクストラを大多数の患者さんの眼に予防的に適用することについては慎重に考えるべきであると、学会では話されています。
 レーシックの手術前にあらゆるリスク要因を検討しても、万一エクタジアになってしまった場合は、早く経過観察を始めて治療の方針を医師と一緒に考えていくことが大切です。円錐角膜やエクタジアになると、病気の進行とともに角膜が薄くなっていきます。クロスリンキング治療は何度も実施することができると考えられてしますが、そのためには角膜の厚さが400μm以上あるということが前提条件です。あまりにも薄い角膜になってしまうと、紫外線の悪影響が網膜に及んでしまうので、クロスリンキングができなくなってしまうからです。

(14)どの手術器械の性能が一番優れているのか
 みなさんが一番知りたいことは、一番よいのはどのレーザーかということだと思います。それは医師も同じです。しかし、この答えは、残念ながら、ありません。それぞれの会社のレーザーは、それぞれ固有のレーザー照射のバリエーションをもっていますし、たとえ「ウェイブフロント・ガイデッド」という同じ名前がついていたとしても、レーザー照射のパターンはそれぞれ微妙に違います。どの会社のレーザーをとっても、すべて、それ以前に開発された手術器械をより改善しようとして新たに開発されてきているわけですから、総合的な精度はどの器械も非常に高いです。それはアメリカ国防総省の施設でも、同じ施設内で異なる会社のレーザーが複数台使われているということでもわかるでしょう。もし、ある会社のレーザーが一番優れているということなら、アメリカ国防総省はその会社のレーザーだけを使うでしょうから、そうでないということは、各社のレーザーの性能は今や甲乙つけがたい状態であるということの証明であると思います。そして、レーザーの性能がこれ以上はもう多くは望めないという高いところにまできた現在、どのレーザーを使うかは、医師の好みの問題であると思います。
 フラップを作る場合においても、マイクロケラトームとフェムトセカンド・レーザーの2通りの方法がありますが、結果において両者にはほとんど差がないというのが海外の学会の常識です。もちろん、角膜移植をするような場合は、フェムトセカンド・レーザーの方が複雑な形に角膜を切ることができて、移植した角膜と患者さんの角膜をぴったりと合わせることができるので優れています。
 レーシックのフラップを作るときには、フェムトセカンド・レーザーも保有している世界的なトップ医師が、100μmの平坦なフラップを作ることができるマイクロケラトームの方を好んで使っているという例もあり、フェムトセカンド・レーザーも、マイクロケラトームも、それぞれに長所と短所があり、フラップを作るときにどちらの器械を使うかは、本当に医師の好みによると思います。フェムトセカンド・レーザーは、マイクロケラトームの後から開発された技術なので、どうしても新しいというイメージの方が宣伝では強調されることがありますが、フェムトセカンド・レーザーでフラップを作るときに生じる気泡が、アイトラッカーの性能を落とすために、予定したレーザーの照射プランと実際のレーザー照射に誤差がでてしまう可能性をいやがる医師もいます。反対に、フェムトセカンド・レーザーは、マイクロケラトームよりも医師の手技にかかわらない部分が多いため、トラブルが起こりにくい点を評価して好む医師もいます。
 また、医療ではなくお金やマーケティングのお話をすれば、フェムトセカンド・レーザーを使っているというと、新しい技術を使っているというイメージをアピールできるので、患者さんの獲得につながり費用も高く設定できる、だから利益も上がる、と考える医師もいれば、フェムトセカンド・レーザーの高額な費用を、患者さんの支払う費用に転嫁するほど、性能の違いは見出せない、と考える医師もいます。本当に、考え方は医師それぞれです。このような話は海外の学会ではいつもされていることですが、一般の人にまではなかなか伝わらない情報です。
 ここでみなさんに一番わかってほしいことは、レーシックを受けるにあたり、どの器械が一番優れているとは単純にはいえないということなのです。器械には長所もあれば短所も必ずあります。医師は自分が行いたいと思う手術をするために、自分が好む器械を、理由があって選んでいるということなのです。ですから、患者さんの側としては、フェムトセカンド・レーザーでフラップを作っても、マイクロケラトームでフラップを作っても、どこの会社のエキシマレーザーで角膜を削っても、レーシックが医療技術としてきちんと実施されていれば、本当にそれで良いわけです。冒頭でも述べましたが、FDA(アメリカ食品医薬品局)が警告しているとおり、手術器械の過剰で誇大な宣伝には注意してください。FDAは、レーシックについての“What are the risks and how can I find the right doctor for me?(どんなリスクがあって、どうやって適切な医師を見つけるの?)”というページの中のAdvertising(広告)という項目で、”Be cautious about “slick”advertising and/or deals that sound “too good to be true(巧妙な広告や良すぎると思えるようなディールには注意しましょう)”と警告しています。原文は以下のサイトにあるページの一番下の部分で確認できます。

原文は以下のサイトにあるページの一番下の部分で確認できます。 http://www.fda.gov/MedicalDevices/ProductsandMedicalProcedures/SurgeryandLifeSupport/LASIK/ucm061354.htm

 

(15)手術器械が同じなら、レーシックの結果も同じなのか
 手術器械が同じなら、結果も同じだろうから、費用が安いほうがいいのではないか、と思う人もいると思います。しかし、そう簡単な話でもないのです。一番問題なのは、エクタジアの発症リスク、視力の安定度などからいって、レーシックをしてはいけない眼の人が、検査をすりぬけてしまうということです。ですから、レーシックを受けるときには、手術器械が同じなら、費用が同じなら、という単純な損得勘定の考えからはスタートしないでほしいと思います。

(16)レーシックをすると白内障手術のときに不便なことが起こるのか
 レーシックを受けた人の眼は、角膜の表面がすでに変形しているので、白内障手術をするときに眼の中に入れる眼内レンズの度数を計算するプロセスで、結果に大きな誤差が生じてくることがわかっています。レンズの度数とは、眼の中に入れる眼内レンズの強さであると考えてください。どうしてレーシックを受けた人の眼の眼内レンズの度数計算では大きな誤差が生じてくるのかというと、白内障手術における眼内レンズの度数計算は、そもそも人工の手を加えない、自然なままの形の眼を想定して行われてきている経緯があるからです。もし眼内レンズの度数がうまく計算できないと、間違った度数の眼内レンズを眼の中に入れることになり、その度数の誤差の程度によっては、頭がくらくらするほど気分が悪くなったり、頭痛がするようになったりする可能性があるのです。とはいえ、世界でこれだけ多くの人がレーシックを受けていて、20年前にレーシックを受けた人たちは、今では白内障手術を受ける年齢になった人たちもでてきていますから、レーシックを受けて角膜の形が変形した眼の人でも、うまく眼内レンズの度数が計算できるよう、いろいろな工夫がされた計算式ができていますし、検査器械の性能も高まってきています。それでも、検査数値を入力すれば簡単にコンピューターがポンと計算してくれるというような単純な話でもありません。レーシックを受けるときは、将来の白内障手術のために、レーシックをする前の眼のカーブや奥行がどのようであったかというデータをもらっておいてください。20年前にレーシックを受けた人ならば、そのようなデータがもうないかもしれませんが、ここ数年の間にレーシックを受けた人ならば、将来の白内障手術のために、自分の眼のオリジナルのデータをもらっておくのがよいと思います。なお、レーシックを受ける前の眼のデータがなくても、白内障手術のときの眼内レンズの度数計算ができないわけではありません。ただ、誤差の程度が大きくなる確率が高いため、視力の予想がしづらいということなのです。屈折矯正手術を受けた人は、現在のところ、白内障手術をすることになったら、レーシックと白内障手術の両方を実施している施設で受ける方がよいと思います。

(17)レーシックと眼圧 (緑内障との関係)
 レーシックをした後に、炎症を抑えるためにステロイド薬を長期間使ったときには、眼圧が一時的に上昇することがあります。そして、それが原因で緑内障を発症することもあります。ステロイド薬を長期間使ったときは、白内障が引き起こされることもあります。
 レーシックをした後は、角膜が薄くなるために、眼圧は人工的に低くでるといわれています。本当は正常より高い眼圧になっていても、検査の数値では正常だと誤った判断がされてしまうかも知れません。緑内障は40歳以上の20人に1人はかかっているといわれる病気で、日本人の中途失明原因のトップにある病気です。もともと強い近視の人は、緑内障になるリスクが高いとされています。緑内障になると、根本的に治す治療はなく、病気が進まないようにする治療しかありません。緑内障の病気が進まないようにするには、目薬などを使って眼圧を低めに抑えることが大切なのですが、レーシックを受けた人は眼圧が実態よりも低めにでますから、もし、他の病気で眼科医の診察を受けるときは、必ずレーシックを受けたということを、検査や診察をする前に伝えてください。

(18)レーシックの再手術
 レーシックの再手術の実施率は、1%~11%と幅があり、この違いは、医師の経験、レーザーの種類、ノモグラム(計算表、さじ加減のようなもの)、患者さんのライフスタイルや手術に対する要求度の違いなど、さまざまな理由によると考えられています。
 2010年にアメリカの学会で聞いた話では、複数のレーザーを使ってレーシックを実施している施設では、ある会社のレーザーを使う割合を増やしてから、1年以内に再手術をする率が4%から1%に減ったということでした。ちなみに、遠谷眼科でのレーシック後の近視化に対する再手術は、現在の手術器械を使い始めてからは、およそ3,500眼のレーシックで1眼実施しています。レーシック後の視力の微調整目的の再手術は1眼あります。この数字は非常に少ないと思う人もいるかもしれませんが、レーシックの再手術においては、患者さんそれぞれの年齢やライフスタイル、視力の好みが関係しています。
 たとえばレーシックを受ける前の小数視力が0.1以下だった人が、レーシックをした後に1.2ぐらいになって、それがまた0.7になったとしても、昔に比べたらまだ十分、わざわざ再手術をするほどではないと考える人も多いと思います。また、30代半ばでレーシックを受けた人は、手術後数年たって、またなんとなく近視に戻ってきたような気がするけれど、最近は老眼も感じるようになってきたので、近視の方が近くを見やすくしてくれるのでちょうどいい、という人もいます。
 再手術には、大きくわけて2つの種類があります。近視に戻った視力をまた矯正するなど、見える距離を調整する手術(エンハンスメント)と、見え方の不調を改善するなど、角膜の形を修正する手術(リオペレーション)です。
 再手術は、通常はフラップ・リフティング(一度作ったフラップをめくること)をして行います。フェムトセカンド・レーザーで作ったフラップは、接着が強いので、半年以上たってしまうとフラップをめくることが非常に難しく時間もかかります。また比較的薄いフラップなので、フラップをリフティングするときに、フラップが傷ついたり破れたりしないようにしないといけません。再手術では、レーシックではなく、サーフェス・アブレーション(=PRK)をする場合もあります。残っている角膜の厚さが少ない人や、厚さがどれぐらいなのかがよくわからないような人、他の施設でレーシックをしているので、最初のフラップの厚さがいくらだったのかわからない人のような場合です。しかし、サーフェス・アブレーションの場合は、ヘイズ(角膜が混濁すること)や乱視が起こりやすいというリスクがあります。再手術の際に採用するレーザーの照射パターンも、ひとつではないので、どの方法がよいのかをよく考えないといけません。
 再手術は最初の手術よりも、検査や手術の時間が何倍もかかりますし、その難度も高いです。また、エクタジアやエピセリアル・イングロースなど、合併症が起こる確率も高くなります。再手術をすることにより、角膜の形がまた変わりますから、今自分が見えている見え方とは違う見え方になる可能性も十分あります。再手術によって、ある一面は改善されたけれども、別の一面が悪くなったということも起こり得ますから、本当に再手術が必要かどうか、慎重に検討して行うべきです。以下に他施設で偏心照射(レーザー照射が中心部からずれる状態)になったため、トポガイデッド・レーシック(角膜の形状を修正する目的がより強いレーザー照射パターン)により再手術を当院で実施した眼の画像を掲載します。偏心照射が起こると、光がのびて見える、像がだぶって見えるなどの症状がでます。

再手術前の角膜形状画像

核白内障

 

再手術後の角膜形状画像

皮質白内障

 

 

(19)レーシックのセカンドオピニオン
 患者さんとしては、何か不具合が起こったときには、どこかほかの眼科に行けば、とにかく今の自分の眼の状態について何かわかる手がかりが得られるのではないかと思われるかもしれません。しかしレーシックを受けた患者さんの場合は、通常視力が1.0以上でていますので、眼科的には視力には問題がなく、どこが悪いのか不明、だから本人の気のせいではないのか、と判断されてしまう人が多いのです。ですから、レーシックのセカンドオピニオンを考えている人は、まず、自分が手術を受けた施設の医師からきちんと現状を説明してもらって現状を理解し、対処法を提案してもらうことが大切です。検査をすれば、ドライアイや過矯正などの明らかな異常については、すぐにわかるはずです。
 患者さんが自分の状態をよく知らないまま不安な状態になると、わからないことに対する恐れの気持ちがよけいに不安を募りますので、精神的によくありません。精神的に厳しい状態になると、医師のいうことが耳に届かなくなってしまうこともあり、そうすると回復のための扉が目の前にあるかも知れないのに、その扉を探す気力さえなくしてしまうことがあります。現在の眼の状態を教えてくれ、その対処法も提案してくれるところならば、手術後の患者さんに対して、それなりにきちんと対応してくれるところだと思います。
 不具合もたらしている原因が、偏心照射などのように、検査データを見れば明らかなものもありますが、患者さんが抱えておられる不具合の原因が検査データにはあまりあらわれないので一体何が悪いのかがすぐにはわからない人の場合もあります。
 もともとレーシックを受ける前から斜視がある眼の場合には、複視(ものが二重に見えること)が起こったり、新たな斜視が起こったりすることがあるといわれています。また、斜視まではいかないけれども、手術前の視力と手術後の視力では眼の使い方が変わるために、眼に対する負担が急にかかるためか、眼が痛くなったり頭が痛くなったりするという人もいるようです。通常はレーシックをする前に眼位の検査をするところが多いと思いますが、眼位の状態がカルテに記載されていない場合は、眼位検査をしたのか、していないのかがわからず、過去の眼の状態がどのようであったかがよくわからないのです。現在、自分が斜視であるということがわかっている人は、また、もしかすると斜視ではないかと思っている人は、また、左右の視力が異なる不同視といわれる状態の人も、普通の人とは眼の状態が違いますので、レーシックを受けるときには医師とよく相談してください。
 レーシックをする前からあった眼の病気に、レーシックをした後で気がついた、というような場合もあります。たとえば白内障です。他施設で受けたレーシックの直後に見づらいと来られて、レーシックの不具合かと思って診察をしてみたら、白内障が起こっていた人もいます。このような患者さんの場合、通常はレーシックをした後すぐに白内障が起こるというようなことは考えにくいので、レーシックをする前からすでに白内障があったのではないかと思うのですが、手術を受けた施設ではそのようなことは全く言われなかったそうでした。結局その患者さんは、半年の間にレーシックと白内障の手術の両方をすることになり、大変な思いをされたわけです。
 手術の後に見え方がおかしくなってしまったら、患者さんは、わらにもすがりたい思いにとらわれますが、こういう状態の時はとても注意しないといけません。早まって再手術を受けてしまうと、糸がからまるように事態がもっと難しくなってしまうことがありますし、セカンド、サード、フォース、とオピニオンを求めてあちこちの医師を渡り歩くと、それぞれの医師がそれぞれの専門の立場からさまざまなことをいうために、患者さんとしてはもう何がなんだかわからず混乱してしまうこともあります。そして、本当に信頼しないといけない医師のいうことが、信頼できなくなってしまうという、不幸な状態に陥ってしまう可能性もあります。
 レーシックをした後に眼の調子が悪くなったり、身体の調子が悪くなったりすることは、ひとつのことが原因で起こっている場合もありますし、いくつものことが重なって起こってきている可能性もあります。ですから、ひとつの方法を実施すれば、いちどきに全部が簡単に解決することは難しい場合が多いと思います。何が原因なのか、辛抱づよく、ひとつずつ探りあてることが大切だと思います。人間の眼や脳は、新しい見え方に順応するまでにも時間がかかり、また、治療の効果がでてくるまでにも時間がかかります。ですから患者さんの側にも忍耐が必要です。ドライアイや老眼が、眼の疲れや痛みに関係していることも結構多いと思います。特に40代以降の人がレーシックを受けるときには、今まで自分が近視であったために自覚していなかった、水面下に隠れていた老眼が、一気に顕在化してくるということを十分想定しておかないといけません。眼科で一般に老眼が自覚できる年齢は45歳としているのです。
 もし、レーシックをした直後、頭痛や吐き気のために寝込んでしまうような状態になってしまったら、それは脳の順応を待っても追いつかないような、身体に合わない視力の状態になってしまっている可能性が高いです。このような場合は、状況に応じてすぐに、何らかの方法で視力の矯正をしながら、不具合の原因を追究していくことが必要でしょう。
 ひとりひとりの眼はもともと違い、今もそれぞれ違うので、こうすれば問題解決するという単純なパターンや早道がないのです。万一、レーシックをした後に見え方や体調が悪くなったら、どういうときに、こういうことが起こる、という法則性のようなものがあればメモをしておくと、漠然と眼の調子が悪い、身体の調子が悪いというのとは違い、より原因の解明に役にたつと思います。また、日常生活ですぐにできることといえば、朝早い時間に起きて、太陽の光を眼の中に入れることもよいでしょう。体内時計は、朝に太陽の光が眼の中まで入ることによってうまく回るようになるといわれています。だから夜型の生活はあまりよいとはいえません。毎日軽い運動をしているうちに、半年たったら過矯正による眼の痛みや頭痛に悩まされなくなったという患者さんもいます。運動により血行が良くなるということも、状態改善には良い影響があるのかもしれません。身体の血流を良くするということは、一般には健康に良いことだと思いますので、食べ物、服装、生活環境など、あらゆることで血流を促す工夫をしてみるのもよいかもしれません。

 日本眼科学会のガイドライン
FDA(アメリカ食品医薬品局)によるレーシックのウェブサイト http://www.nichigan.or.jp/member/guideline/excimer.pdf
「When is LASIK not for me?(どのような時に私にはレーシックが適さないか?)」 http://www.fda.gov/MedicalDevices/ProductsandMedicalProcedures/SurgeryandLifeSupport/LASIK/ucm061366.htm

 


3.眼の中に眼内レンズを入れることで視力を矯正する手術(ICL、アイシーエル)

※説明に使われている画像は、すべてスター・ジャパン合同会社によるICL説明資料から転載しています。

 

(1)アイシーエルはどのようはものか
 アイシーエルは、世界でいくつか種類がある有水晶体眼内レンズのうちのひとつです。簡単にいえば、眼内コンタクトレンズであると思ってください。有水晶体眼内レンズには、Anterior Chamber (前房型)とPosterior Chamber(後房型)の2種類があるのですが、ICLは後房型有水晶体眼内レンズのグループに属します。
アイシーエルは、Implantable Collamer Lens(インプランタブル・コラマー・レンズ)の略で、直訳すると「移植できるコラマー製レンズ」という意味です。コラマーというのは、HEMAの共重合体(コポリマー、copolymer)99%と、コラーゲン(1%)からなる親水性のやわらかい素材です。

核白内障

アイシーエルはこれまでのエキシマレーザーで角膜を削ることによって視力を矯正するレーシックやPRKでは対応できない、きつい近視(強度近視、強度近視といいます)の人や角膜が薄い人などに対する視力矯正ができる方法です。そしてその中でも、遠谷眼科が原則として視力矯正に採用するアイシーエルは、新しいタイプのアイシーエルでHole ICL「KS-AquaPORT」と呼ばれるもので、採用する理由としては現在使われているさまざまな有水晶体眼内レンズの中で、最も副作用が少なく、安全性が高く、患者さんに対して安心して使えるレンズであると考えているからです。Hole ICL「KS-AquaPORTは厚生労働省の認可を受けて2014年から日本国内でも使えるようになりました。Hole ICLは北里大学名誉教授である清水公也先生がご発案されたものです。
 アイシーエルが属している有水晶体眼内レンズという医療技術は1950年代にヨーロッパで開発されました。英語ではPhakic IOL(フェイキックIOL)といいます。Phakicというのは「水晶体がある(つまり有水晶体ということ)」という意味で、まだ白内障になっていない眼の中の水晶体が自然なままの眼のことをいい、そのような人の眼に使うIOL(intraocular lens、眼内レンズのこと)ということなので、日本語で「有水晶体眼内レンズ」というわけです。しかし今から60年ほど前の当時の有水晶体眼内レンズでは、手術後に許容範囲を超える不具合が発生したため、実際の治療には使えませんでした。その後1980年代中ごろになると、手術技術の進化や手術に使われる医薬品の開発、眼の中の状態に対する眼科知識の深まりなどにより、有水晶体眼内レンズはまた視力矯正手段として注目されるようになり、それとともにさまざまな形のレンズが作られました。最近ではレンズの構造進化とともに、手術後の不具合の発生率がかなり減ってきたので、レーシックやPRKという手術では視力が矯正できない人に対する視力矯正手術として世界中で実施される数がだんだん増えてきました。
 有水晶体眼内レンズの長所は、「取り出し可能」ということです。手術後に、視力がきつすぎる、弱すぎる、というような状態になってしまったとしても、レンズを取り出すことでその屈折異常は理論的には修正可能である、ということです。しかし、実際の手術はそれほど簡単ではないので、簡単に取り出し可能と考えてしまうことはよくないと思います。有水晶体眼内レンズを眼の中に入れることが原因で起きる、緑内障、角膜内皮細胞の減少、網膜はく離、白内障の発症など眼に対するダメージは、回復不能なものが多いという短所もありました。また、眼の中に入れる有水晶体眼内レンズのタイプと形によっては、比較的大きな切開創を作らないと眼の中に入らないので、手術後の乱視が発生する可能性があり、有水晶体眼内レンズを眼の中に入れた人が、加齢により白内障になったときには、比較的大きな切開創を作ってすでに眼の中に入っている有水晶体眼内レンズを取り出して、新たに白内障手術で使う別の眼内レンズを眼の中に入れる白内障手術をしないといけないということも短所です。また、最近の有水晶体眼内レンズは、ここ10年ぐらいに多く使われるようになってきた医療技術なので、レーシックやPRKに比べると比較的新しい医療技術であるといえ、長期的なリスクについては、まだわかっていないところもあります。

(2)レーシック、PRK、ICLのうちどれがいいのか
 患者さんとしては、自分はレーシック、PRK, ICLのうちのどれを選べばよいのか、どれが一番いいのか、と思われると思います。インターネットにおいては、宣伝目的の情報があふれていたり、長所を偏った形でアピールするような誇大情報があふれていたりしますから、医療技術にかかわる情報であっても注意はしないといけませんが、現在の世界の眼科医の考え方としては、何らかの理由でメガネやコンタクトレンズによる視力矯正を望まない人で、軽い近視から中程度の近視の人の場合はレーシックかPRK、ものすごくきつい近視の人はICL、軽くもなく、ものすごくきつくもない、その中間のレベルの近視の人はレーシックかPRKかICLの中で、自分の眼や職業や生活状況に合った適切なものを選ぶ、というのがコンセンサスであると思います。海外の学会に参加したり、海外の治療実績の報告を読んだり、屈折矯正手術の話をきちんと聞いて勉強している医師ならば、そのようにいうのが普通だと思います。
 レーシック、PRK、ICLは、それぞれに長所と短所があり、それぞれの手術には適している眼、適していない眼、適している職業、適していない職業などがあります。今回新しく登場した後房型有水晶体眼内レンズの「Hole ICL(KS-AquaPORT)」による視力矯正が、これまでのレーシックやPRKに優るとか、超えたとか、そのような単純な議論をするようなお話ではないという、医療の根本的な部分はしっかりとご理解いただき、みなさんには費用、効果、生活や職業、リスクの点からじっくり考えて、自分に一番適切な医療技術を選んでいただきたいと思っています。
 どの医療技術を選択するにあたっても、手術前の検査データをきちんととることが一番大切であることは言うまでもありません。くれぐれも、1日ですべての検査を終了して手術にのぞむというようなことは絶対にやめてください。

(3)ICLの長所と短所
 ICLの一番の長所は、レーシックやPRKのように角膜を削らなくても視力の矯正ができるということです。これまでのレーシックやPRKの実績からすれば、角膜を削る量が多いほど、つまり強度近視であればあるほど、光の見え方や色の明暗・濃淡を見分ける感覚(コントラスト感度)が落ちやすいと考えられていますから、ICLでは角膜を削らないので、強度近視の眼であっても見え方の質の低下を起こさないで視力矯正ができるといえるわけです。以下に掲載するICLの製造販売元であるスター・ジャパン合同会社の資料を見てください。見え方のシミュレーション画像は、「強度近視眼に対するシミュレーション」となっています。

ICL

 なぜここで見え方のシミュレーション画像が強 度近視眼に限定されているのかというと、レーシックやPRKによる見え方の質の低下の問題は、通常は強度近視眼で起こることであると考えられているからなのです。その一方で、弱度や中等度の近視の矯正においては、レーシックでも、PRKでも、ICLでも、患者さんが手術後の見え方の差を自覚することは少ないと考えられています。眼科の手術をしていると、まれに見え方の微妙な変化を自覚する、とても敏感な感覚をもつ人は確かにいます。たとえば、白内障手術においても、違う種類のレンズが手術で眼の中に入ったとき、微妙に色の見え方が左右の眼で違う、とわかる人が何千人にひとりぐらいはいます。そういう人の場合は、その見え方の差が慣れることでだんだん感じられなくなるものか、どうしても慣れることができなくてずっと不快に感じるものかによって対処が変わります。 また、このスター・ジャパン合同会社の資料に書かれている「角膜を削ることなく眼内のレンズで近視を矯正するため、収差の増加が最小限です。コントラスト感度の低下がないため、色鮮やかな見え方を実感できます。」という文章について、何のことだかさっぱりわからないと思う人がいると思います。カメラのことや天体望遠鏡のことに詳しい人は別として、収差という言葉なんか人生で一度も聞いたことがないという人が、世の中では大半だと思います。収差は、眼科でいえば、見え方の質を測る尺度のうちのひとつですが、大まかにいえば、私達がものを見るときに眼の中に入ってくる光のばらつき具合だと思ってください。いろいろな種類の収差があるのですが、理論的には収差が少なければ少ないほど、光のばらつきが少ないので、ものがはっきり、くっきり、きれいに見えると考えられています。反対に収差が多ければ多いほど、ものがぼけたり、重なって見えたり、流れたりするように見えると考えられています。
 ただ、理論と実際がどこの世界でも違うのは眼科でも同じです。人間の脳という素晴らしいコンピューターが、いろいろとその人好みの見え方に画像処理をほどこすことがわかっていますので、実際に眼が見たことと、脳が見えたと認識したことは、微妙に違っているかも知れないのです。収差については世界の眼科医が研究していますが、まだよくわかっていないところもあります。限りなく収差を減らした、理論的には完璧な見え方に違和感を覚えるという人もいれば、一般的な平均値よりはずいぶん収差があるという眼でも、きれいに見えている、大丈夫、という人がいるといわれていますので、収差のデータはある程度の見え方の質をはかる目安にはなると思いますが、あまり細かいことには振り回されない方がいいかも知れません。
 実際私達の眼の中では、加齢とともに収差の数字やバランスがどんどん変わっていきます。しかし私達はそのことをほとんど自覚していません。ちなみに一番見え方の質が良い眼の年齢は、19歳だといわれています。そんなことを言われても、もう19歳はずっと前に過ぎてしまって、19歳の見え方なんてどんなだったか覚えていない、という人が多いと思います。人間のものの見え方に対する感覚には、数字では割り切れないところがある、料理の味においても塩加減の好みが人それぞれ違うのと同じように、見え方においても好みは人それぞれ違う、という主観的なお話になってくるのだということをわかっておいていただきたいと思います。ですからICLの場合は、「角膜を削らないので、見え方の質の低下は起こりにくい、そして、その自覚は強度近視眼において顕著である」と考えるのが適切であると思います。
 視力を矯正するために角膜を削らなくてもよい、ということは、レーシックやPRKの時には必ず考えないといけない、エクタジア(ケラトエクタジア、角膜拡張症ともいいます)の発症リスクを回避できるということです。エクタジアは発症確率数千分の1という非常にまれな合併症ですが、発症すると著しく視力が低下してしまい、視力が元通りになるかどうかがわからない合併症です。レーシックやPRKで角膜を多く削りすぎると、残った角膜の量が少なくなってしまい、角膜が弱くなり変形することで乱視が発生し、視力が著しく低下してしまうエクタジアという合併症が起こる可能性が高まるので、強度近視の人や、通常の乱視のパターンとは異なる乱視のパターンをもつ人に対しては、レーシックは慎重に考えます。フラップを作らないPRKの方が角膜を深いところまで削らなくて済むので、角膜の強度がより保たれてエクタジアの発症リスクは下がると考えられていますが、PRKならエクタジアの発症がゼロというわけでもありません。その点ICLでは角膜を削らない分、エクタジアの発症というリスクが追加されることはありません。
 エクタジアは、手術をしなくても角膜が突然変形してくることで視力が著しく低下する円錐角膜という眼の病気と症状は同じです。簡単にいえば、何もしなくても起こる場合を円錐角膜、レーシックなど角膜を削る手術をしたことで起こる場合をエクタジアと呼んでいると理解してください。どちらも、角膜がやわらかい人、アトピー性皮膚炎をもつ体質の人、通常の乱視のパターンとは違うパターンをもつ人などに起こりやすいといわれていますが、その原因は特定されていません。しかし通常とは違う乱視パターンを持ちながらも、一生ずっと角膜が大きく変形しない人もいます。眼科の手術をする上では、手術の前に自分がどのような乱視をもっているかということを、きちんと検査をして把握しておくことはとても大事です。なぜなら、ICLを眼内に入れても、角膜の形がスムーズでない場合には、角膜から生じる乱視をICLでは矯正できないことがあるので、思ったほど見え方がよくないということが起こりうるからです。
 ICLの短所は、レーシックやPRKのように角膜の表面に行う手術ではなくて、眼の中に眼内レンズを挿入するという手術のため、ばい菌が眼の中に入ると大変なことが起こる(失明につながりうる眼内炎に感染する)ということです。
 ICLの製造元であるStaar Surgical社のICL専用情報ページ(日本語版)によれば、ICLのリスクとしては、度数ずれ、夜間のハローグレア、水晶体への影響、眼圧の上昇、感染症リスク、視力の低下、虹彩切除に伴う合併症が挙げられています。ハローは光の周りに光のもやが見える、光の輪が何重にも見えるような現象、グレアは光がまぶしい、光がぎらつく現象です。つまりレーシックやPRKで起こる合併症がICLでも起こる可能性はあるということです。ICLが水晶体に接触した場合には白内障が発症する(1.5%未満の割合で)ということについても注意しないといけません。眼圧が上昇すると、緑内障になってしまい、視力が落ちてしまうと回復できない可能性がありますから、緑内障も注意しないといけません。
 ICL専用情報ページ(日本語版)にある「安全情報」の部分には、以下のとおり書かれています。 「眼内コンタクトレンズ(ICL)治療は、国内にて承認された医療機器を用いた安全で確立された治療法ですが、治療にはリスクを伴う可能性があります。治療を検討する場合は、治療に関する下記安全情報をよく確認するようにお願い致します。更に詳しい質問があれば、治療を導入しているICL認定クリニックを受診して相談されることをおすすめします。
ICL治療は屈折異常眼(近視)の視力補正を意図する治療法です。21歳から原則45歳迄の近視患者を対象とした治療法です。治療の対象になる度数の上限は-18Dの近視度数と乱視-4.5D迄となります。患者様の度数がレンズの対応範囲内であれば、近視や乱視が軽減され、眼鏡やコンタクトレンズなどの視力矯正器具に頼らない、良好な裸眼視力が得られることが期待されます。
 治療を受ける際は、屈折度数が最低1年以上安定している必要があります。
ICL治療は老眼を治療するものではありません。老眼がはじまる、大体40歳以上の患者様は、術前近視のため老眼鏡が必要なかった場合等、治療後あらたに老眼鏡が必要になる場合があります。
視力矯正法としては、眼鏡やコンタクトレンズが一般的ですが、屈折矯正手術としては、PRK、レーシック、それから有水晶体眼内レンズ(フェイキックIOL)治療があり、PRK、レーシックなど角膜の形状を変化させるものと、ICL等レンズを眼内に入れて視力を矯正するものに分類されます。 ICL治療はレンズを眼内に挿入して視力を矯正する手術です。 手術には非常に稀ですが合併症などのリスクを伴うことがあります。以下屈折矯正手術一般に見られる、潜在的な合併症、副作用を挙げます。:結膜炎、急性角膜浮腫、持続性角膜浮腫、眼内炎、グレア・ハロー(光の周りの輪)、前房出血、前房蓄膿、眼感染症、レンズ偏位、黄斑浮腫、瞳孔異常、瞳孔ブロック緑内障、重篤な眼炎症、虹彩炎、硝子体脱出、角膜移植。 下記に該当する方は眼内コンタクトレンズ治療を受けることを推奨しません。 ・医師が眼の形状が治療に向いていないと判断した時 ・妊娠中、あるいは授乳期間中の方 ・角膜の内皮細胞数が年齢応じた規定数を下回る場合 ・近視の状態が不安定と医師が判断した場合 眼内コンタクトレンズ治療を検討するには、ICL認定クリニックでの詳しい検査が必要です。また医師との問診を通して治療に関する詳しい情報を確認して下さい。 特に治療の利点やリスク、合併症に関すること、また治療にかかる期間など十分に理解するようにお願いします。」( https://jp.discovericl.com/safety-informationより転載。)

 ものすごく簡単にいいますとICLの場合は、眼の中に異物を入れますから、ICLが眼の中に入ってしまったことにより、眼の中が窮屈になってしまって、重大な合併症としては白内障が起こったり、緑内障が起こったりすることを特に警戒しないといけないと考えてください。せっかく視力を改善したいと考えてICLを眼内に挿入するのに、かえって白内障が起こって自然な水晶体を取り出さないといけなくなったり、緑内障が起こって万一視力が低下してしまったりしたら、本末転倒のお話になってしまいます。このようなことを避けるためには、手術の前の検査をきちんとして、また手術後も、何かおかしいなと思うようなことがあったら、場合によってはICLを別のサイズのものに入れ替えたり、あるいは取り出したりするという手術をしないといけません。

(4)レーシック、PRK、ICLの近視矯正範囲と矯正精度
レーシックとPRKが軽度と中程度の近視、ICLが強度近視の視力矯正に対して実施されるということが前提とされているということは、日本眼科学会のガイドラインからもわかります。ガイドラインによれば、レーシックやPRKのエキシマレーザー手術による視力矯正は、原則-6Dまでの近視、状況によっては-10Dまで、有水晶体眼内レンズ手術による視力矯正は、-6 D を超える近視、-15 D を超える強度近視には慎重対応、となっています。ガイドラインは目安ということなので、またエキシマレーザーの性能によっては角膜を削る量が少なくても視力が矯正できるものがありますから、必ずこの数字のとおりにしないといけないということではありませんが、ひとつの目安にはなります。そうすると、レーザーによる視力矯正と、有水晶体眼内レンズによる視力矯正のどちらでも可能であるとされる、-6Dから-10Dまでの近視の人たちがでてきます。つまり-6Dから-10Dぐらいの近視の人には、レーシックか、PRKか、ICLかの選択肢が、近視の程度だけから考えれば、あるということです。
 有水晶体眼内レンズでは、このICLも含めて-3D程度の軽い近視のためのレンズも製造されているのですが(Hole ICLの製造範囲は-3Dから-18D)、患者さんの視力を矯正することに-3Dのレンズはあまり使われないと思います。それは前にも述べたとおり、-3Dや-4D程度の近視の人の場合は、レーザーによる屈折矯正と、有水晶体眼内レンズによる屈折矯正の見え方の差に自覚がないということが主な理由です。また、軽い近視の人の場合はレーザーによる屈折矯正手術において角膜を削る量が少ないので、エクタジアの発症リスクがさらに低くなり、その点ではレーシックやPRKを選択しやすい状況にあります。矯正精度の点では、ICLが0.5D刻みの矯正精度であるのに対し、レーシック、PRKはさらに細かいところまでの矯正が可能なので、厳密にいえばレーシック、PRKの方がICLよりも矯正精度は高いといえます。
 実際、海外の学会で話をきいていると、有水晶体眼内レンズによる視力矯正でも、まだ乱視や近視や遠視が残る場合があり、その場合はレーシックやPRKで修正する場合もありますし、LRI(Limbal Relaxing Incisions、リンバル・リラクシング・インシジョンズ、日本語で角膜輪部減張切開術といいます)というダイアモンドメスによって角膜の外側に小さな切開をいれて乱視を矯正する手術を加えることで乱視の微調整と同時に視力を上げる場合もあります。手術後の視力が手術前の予想とは異なるということは、眼科の手術ではどの手術においても、それが小さな程度ならば誰に対しても起こり得ることです。ですから、そのような差ができるだけでないようにする検査や手術をしていかないといけません。
 乱視の矯正は見え方の質を上げる点ではとても重要です。ICLには乱視を矯正する機能(トーリックといいます)がついてはいるけれども、矯正できる乱視もあるし、できない乱視もあります。乱視の中には、メガネにより修正できる乱視と、メガネでは修正できない乱視がありますから、これまでずっとメガネで日常生活を送ってきた人は、メガネで修正できない乱視を毎日体験しているので、それほど難しく考えなくてもいいのですが、ハードコンタクトレンズを今まで使ってきた人は、いつもコンタクトレンズで角膜の表面のカーブをきれいに補正して眼の中に入る光のばらつきをなくした形でものを見ていることになるので、コンタクトレンズを外すとその補正が急にとれてしまい、見え方が悪くなったと感じる人がいます。ハードコンタクトレンズをつけてずっと生活してきた人は、見え方の質に対する要求が無意識のうちに厳しくなっているので注意しないといけない、といわれているのはこのような理由からです。
 乱視を修正する機能がついているトーリックICLを眼の中に入れてもカバーしきれない乱視の部分がでてくるのは、白内障の手術でトーリック眼内レンズを眼の中に入れるときでも同じです。トーリック眼内レンズを白内障の手術で眼の中に入れても、手術後ばっちりうまく乱視が矯正されて見え方にとても満足する人もいれば、予想したほどには乱視がなぜか矯正されず、こんなもんかな、という人がいるのです。どうしてこのようなことが起こるのか、現在世界の眼科医師が調べているところですが、詳しいことはまだわかっていません。ですから、現在の眼科医療では、眼内レンズを眼の中に入れるだけでは、思ったとおりに乱視が矯正できないこともある、といえると思います。

(5)ICLの費用対効果(コスト・パフォーマンス)
現在、有水晶体眼内レンズの費用の方が、レーシックやPRKよりもずいぶん高い場合が多いですから、中程度の近視の人の場合は、費用の差がすなわち見え方の良さにつながらず、費用対効果に対する満足があまり感じられないということになるかもしれません。この点が、有水晶体眼内レンズは、一般的には中程度の近視の人にではなくて高度の近視の人に適している、と現在考えられる理由のうちのひとつです。
 もちろん、ガイドラインの数字にしばられすぎず、-5Dの近視であっても、角膜厚が薄いなどの状況があれば、有水晶体眼内レンズを使うべきだと思いますし、-11Dの近視であっても、角膜の厚さが十分にある人の場合は、使用するエキシマレーザーの照射パターン(1Dを矯正するために削る角膜の量)にもよりますが、レーシックやPRKを選択してもよいわけです。反対に、費用、手術のリスク、得られる効果の内容を理解した上でなら、見え方の質の変化についてはそれほど自覚がないといわれる-4Dの近視の人であっても、特に何らかの悪影響が患者さんの眼にでてくるということが想定されなければ、患者さんの希望により有水晶体眼内レンズを使うこともできると思います。 医療にかかる費用については、一般の人にはとてもわかりにくいものだと思います。「値段が高い医療=ベストの医療」という方程式が成り立つ場合もあるし、成り立たない場合もあるのが医療です。ICLでないと視力矯正ができない人にとっては、ICLはベストの医療となりますが、レーシックでもPRKでもICLでも視力矯正が可能な人の場合は、その人のおかれた状況によって、眼の状態によって、選ぶ方法が違ってきます。ICLを使うことのメリットがそれほど感じられないような眼の人の場合は、レーシックやPRKを選ぶという選択も十分合理的で適切だと思います。自分に一番適した視力矯正方法は何かということについては、その施設の医師やスタッフとよく相談することが大事だと思います。くれぐれも、値段が高い医療がいつも自分にとってベストの医療ではない、ということを忘れないでください。

(6)ICLに適した人
 日本眼科学会のガイドラインによれば、有水晶体眼内レンズ手術に適応とされる患者さんの年齢は18 歳以上で、水晶体の加齢変化を十分に考慮し,老視年齢の患者さんには慎重に施術する、ということになっています。老視というのはいわゆる老眼のことで、簡単にいうと、カメラを長い間使っているとオートフォーカス機能がうまく働かなくなってしまうようなことが、私達の眼の中でも起こり、眼の中の自然のオートフォーカス機能(眼科ではこの機能を調節といいます)がうまく働かなくなってくる状態です。製造販売会社のスター・ジャパン合同会社によれば、ICL手術に適した年齢と近視の程度としては、一般的に「21歳から45歳までで、-6Dを超える強い近視の人」とされています。しかし46歳ではだめなのかというとそうではありませんし、-5Dの近視ではだめかというとそうでもありません。-5Dの近視でも角膜が薄い場合は、レーシックやPRKではなくてICLを希望することもあるでしょうし、46歳でも老眼の自覚があまりない人の場合は、ICLを選ぶこともあるでしょう。手術が適しているかどうかを判断するのはケースバイケースであるということは前にも述べたとおりです。45歳という年齢が、いろいろな視力矯正手術で何らかの基準となるのは、老眼の自覚が顕著になってくる年齢が一般的に45歳ぐらいからであると考えられているからです。30代後半は、まだ一般的には老眼には早いといわれる年代ですが、それでも老眼を自覚する人はいます。この年代の人は、老眼はまだ自覚はないけれども、実は少しずつ起こり始めている可能性があると考えてください。50代を超えていても、たまに、卓球や拳法など、常に遠・近・遠・近と視線を移すようなスポーツをしている人の中には、老眼の自覚がほとんどない人がいます。ですから老眼の自覚には、本当に個人差が大きいのだと思います。もし今はっきり老眼を感じている人が、ICLを眼の中に入れて近視を矯正し、裸眼で遠くがよく見えるようにしたら、今度は老眼のために近くが見にくいという状況が間違いなく起ります。そうすると、近くを見るときには老眼鏡が必要になります。これはレーシックやPRKの場合でも、まったく同じです。

(7)ICLに適さない人
 ICLという方法が眼に合わない職業や趣味の人としては、眼を打撲したり、転んだりすることが多い職業や趣味をもっている人です。ボクシングやレスリングがそのようなものに該当すると思います。パンチを受けたり、投げられて床に落下したとき、眼の中でレンズがずれたり壊れたりするといけませんから、このような人の場合はICLという手術はしないで、PRKをした方がよいでしょう。ボールをヘディングすることの多いサッカーをする人については、ICLはやめた方がいいのではないかな、という感じがしています。頭や顔に衝撃が加わりやすい職業や趣味をもっている人は、ICL手術は慎重にされた方がいいと思います。
 眼の状態からいえば、近視の程度にかかわらず、ICLを入れると眼の中が窮屈になってしまう人の場合(前房深度という数字が3mm必要です)は、ICLを眼の中に入れるとさまざまな合併症が起こる可能性が高まるので、ICL手術は適しません。このような人の場合は、レーシックやPRKの方が適している場合もあるわけです。さらに40代以上の人には、すでに自分では気がつかないけれども、白内障が起こり始めている人がいます。そのような人の場合は、せっかくICLを入れて視力を矯正しても、白内障が進むと水晶体が濁って視力が落ちてきますので、いずれ近いうちに白内障の手術をしないといけなくなります。そのときはICLを眼の中から取り出して、今度は白内障に使う眼内レンズを眼の中に入れないといけません。最初に白内障があるかどうかを見落としてしまうと、ICLと白内障と手術を2回もすることになりますから、ICL手術をする前に白内障がないかどうかをしっかり確認することが大切です。もし白内障が起こっていたら、もう少し進むまで待って、白内障手術のときの眼内レンズにより、視力を矯正した方がよいでしょう。このことは、レーシックやPRKでも同じです。

(8)Hole ICLの中央部にあるHoleのこと
 Hole ICLには、中央部に小さな穴があいています。Hole ICLが開発される前のICLでは、中央部に小さな穴が開いていなかったので、ICLを入れる前には、緑内障の発症予防のためにレーザーで虹彩に小さな穴をあける手術をしなければならなかったのでした(Laser Iridotomy, レーザー・イリドトミー、略してLIといいます)。しかしこの手術こそが懸念材料でもありました。それは、非常にまれではありますが、虹彩にあけた小さな穴から入ってくる光のせいで不快な見え方がする、という不満例の報告が世界ではあったからです。
 もちろん、全ての医師は、慎重に穴をあける場所を決めていて、多くの人はそのような不快な見え方を感じないでいるのですが、それでも眼の状態や感覚によっては、まぶたを閉じていても穴から入る光を感じるという人がまれにいて、手術後にそのような人がでると、医師の側でもなかなかその不快症状を簡単に治すことができず、本当にお手上げ状態になってしまうということがあったのです。もちろん、手術前にそのような人を見分ける方法もありません。それでヨーロッパの学会では、この不具合のために、このような手術はやめるべきだと主張する医師がいたほどです。この不快症状を改善するには、特殊な手術をして穴から入る光を遮断するしかないのですが、その手術には非常に手間がかかり、その効果もやってみないとどれぐらいの光が遮断できるのかがわかりませんでした。非常にまれな副作用であるけれども、一旦それが起こってしまうと改善することが非常に難しいのです。そのため、これまでの中央に穴があいていないICLでは、余程の理由がない限りはあまり手術を積極的にはやりたくないと考えていたので、過去には見え方の不満が起こりうるリスクがあってもなおICLによる視力矯正の意義が十分にあることが明らかな人しか手術を実施しませんでした。たとえば、希望している職業に就くための受験資格で、眼鏡なしの視力が一定以上必要であるというような人の場合にのみ、ICL手術を実施してきたわけです。
 Hole ICL(KS-AquaPORT)では、中央に小さな穴が開いているので、虹彩に小さな穴を開ける必要がなくなり、これまで懸念してきた虹彩にあけた小さな穴から入る光による見え方の不快症状という副作用がなくなりました。Hole ICLでは、すでに小さな穴がレンズの中央に開けられているので、眼の中の水(房水、ぼうすいといいます)がスムーズに流れるようになり、これまでのような緑内障の予防のために虹彩に小さな穴を開ける手術が不要になったからです。ICLの製造販売元のスター・ジャパン社からは、従来のICL挿入手術で生じていたような、穴から眼の中に入る光による見え方の不満症例は報告されておらず、光学的にもそのようなことが起こるとは考えにくいという回答を得ています。ただし、ヨーロッパの学会で聞いた話では、わずらわしいというほどではないけれども、レンズの中央部の穴からの光を感じることはある、という人はまれにいるようでした。

(9)Hole ICL(KS-AquaPORT)の手術方法と注意点
 ICLは白内障手術と同じように、眼の中にレンズを入れる手術です。レンズを入れる場所が白内障では水晶体のある場所、ICLは水晶体の前の場所というように眼の中で違うだけです。眼科の手術としては、眼の中に眼内レンズを入れるICL手術の方が、眼の表面にある角膜をレーザーで削るレーシックやPRKよりも難度は高いです。レーシックやPRKの方が手術器械によって自動化されている部分が多い一方、ICLにはレーシックやPRKよりも医師の手が直接かかわる部分が多くでてくるからです。

 手術の安全性の点からいえば、レーシックやPRKは角膜表面に実施される手術なので、悪い菌に感染してもその菌を退治することがしやすいですが、ICLは白内障手術と同じように眼の中に手術器具や眼内レンズを入れる手術なので、悪い菌に感染するとその菌を退治することが難しいです。ですから手術後は十分に感染予防をしないといけません。一番注意しないといけない病気は、失明の危険性さえある眼内炎の発症です。眼の中に手術器具や眼内レンズを入れることが原因で起こる眼内炎は、どんなに防止策を講じても、起こることをゼロにすることはできない手ごわい合併症なのです。どの施設でも絶対に起こらないとはいえない合併症なので、万一眼内炎が起こったときには、迅速な対応をしないと取り返しのつかないことになりますから、手術室の環境や手術のプロセスにおいて眼内炎対策をきちんとしている施設でICL手術を受けてください。
 ※眼内炎は手術後数日から数か月の間に起こります。白内障手術における眼内炎の発症率は、日本ではおよそ1,500件に1件であるとされていますが、遠谷眼科では10,000件超の連続手術で眼内炎は起こっていません。眼内炎を起こさないためのいろいろな工夫をしています。
※ICLについてもっと詳しいことを知りたい人は、 こちらの資料をご覧ください。

ICL製造元 スター・サージカル社によるICL情報ページ(日本語版) https://jp.discovericl.com/

 


4.屈折矯正手術を受けるときに気をつけること

 その人の視力が現在どのぐらいで、手術でどのぐらいの矯正をしたらよいかということを判断する点では、レーシックもPRKもICLも全て同じです。しかし、手術前の視力がたとえ同じでも、年齢や、生活や、職業や、眼の状態によって、手術後に求める視力はそれぞれ違います。視力を矯正するということにおいては、誰もがみな2.0や1.5になるのがいい、というわけでもありません。人によってはどちらかの眼がいつも近視気味である状態(モノビジョンといいます)を好む人、いつも近視気味の状態を好む人など、いろいろな人がいます。また視力は日によっても、時間によっても違うことがあります。遠谷眼科の経験では、視力が右眼も左眼も、いつも同じ数字がでる人は、だいたい3人にひとりぐらいです。現在レーシックやPRKでは、その日のうちに検査から手術までを全部終えてしまう施設があると聞いています。ICLではさすがに1日で検査から手術まで終えてしまうような施設はないだろうとは思いますが、ごく簡単な、小さな手術を除き、1日で検査から手術までを終えるというようなことは、眼科の手術では非常識であるということは明らかにしておきたいと思います。この非常識がまかり通るときは、緊急時の例外時、つまり失明の危機が迫っているときや、視力に重大な障害がのこると判断するときだけ、ということです。
 医師が内容をきちんと監修していないと思われるインターネットのウェブサイトでは、「●●を超えた」、「最高の●●」、「次世代●●」などの言葉が安易に、ひんぱんに使われているようなものがあります。このようなサイトを見かけると、たいていの場合はきっと医師が忙しいので、業者に資料を丸投げしてサイトの作成を依頼しているのだろうな、だから情報提供の方法が不適切になっているのにちがいない、と考えていますが、時々医師ではない人が利益追求のために医療情報を歪め、不適切な形で患者さんに伝えているのではないかと思わざるを得ないようなサイトもあります。経営が国によって保障されている医療施設でなければ、採算が合わなければすぐに倒産してしまいますから、ある程度は赤字にならないような経営努力を医療施設の側でもする必要はあります。しかし、あまりに資本主義の考えが先に走ってしまうと、患者さんを集めたいと思うあまりに、過剰なアピールが行われてしまうことがあると思います。ですから患者さんの側でも、医療技術にかかわる情報をインターネットで読むときは、論理的に考えて筋が通っているかどうかということをぜひ、よく考えてみてください。そして、同じ目的のために複数の医療技術が存在している場合は、その理由はなぜかということの納得いく説明を、医療施設の側から必ずしてもらってください。
 2013年12月に消費者庁が、レーシックの手術を受けるにあたってリスクの説明をよく受けるよう注意勧告をだしました。他施設でレーシックを受けて、手術後に深刻な視力の不具合を抱えた患者さんの診察をしていますと、ほとんどの場合は手術前の検査のデータのとり方とその使い方、手術のやり方に問題が見られます。レーシックも、PRKも、ICLも、適切な人に適切に実施されれば、日常生活の質を上げることのできる、良い医療技術だと思います。患者さんとしては、日本全国どの施設で屈折矯正手術を受けられるにかかわらず、きちんとした検査をし、万一の合併症のリスクのためにも、迅速かつ適切な対応ができるような施設で手術を受けていただきたいと思います。

 


5.屈折矯正手術(レーシック・PRK・ICL)手術にかかわる費用

私達の視力は、日によって、状態によって、微妙に違います。ですから手術の前には、丁寧な視力検査を複数回実施して、検査数値の誤差がどのくらいあるかを確かめることが大切です。また、眼の形によっては、手術をしても最初からあまりよい結果が期待できない人や、手術をすることのリスクが一般よりも非常に高い人がいますので、さまざまな検査器械を使って現在の眼の状態を丁寧に検査しないといけません。忙しい現代において、できるだけ簡単に、早く手術を終えたいと考える人は少なくないと思いますが、簡便さと医療の安全性は、相反するときがあります。

保険のきかない自費手術においては、できるだけ患者さんにお支払いただく費用は抑えるようにしていますが、消費税の変更、為替レートの変化、その他の医薬品・医療材料のコスト上昇など、医療をとりまく環境の変化に応じて必要なときには、随時費用の見直しをしていくことにしました。あしからずご了承ください。(2017年1月1日)

●屈折矯正手術(レーシック・PRK・ICL)手術にかかわる費用

①眼科手術適応検査料 8,000円
それぞれの手術に患者さんの眼が適しているかを調べる検査です。この時点で、患者さんの眼が明らかに適応していないという結果がでたときは、次の検査には進みません。

②感染症検査(血液検査) 3,000円
感染症によっては手術に慎重な姿勢が必要で、手術後のリスクについて十分な相談が必要であるとされているものがあるためです。レーシック、PRK、ICLの手術は、眼鏡やコンタクトレンズを使えば十分にものが見えているという眼に実施する手術ですから、病気を放置しておくと確実に失明してしまう眼に実施する他の手術とは、手術の意義を考える次元が違います。また、手術にかかわる医療器械や器具においては、使い捨てにできないものがあるので、知らずして感染症が器具等を介し、同じ日に手術をした患者さんの間で伝染することを防止するためでもあります。

③手術費用
手術後6か月までの、診察・薬の費用を含みます、ただし、通常では発症頻度が非常に低い合併症が起った場合には、状況に応じてその治療にかかわる医薬品材料の費用を追加でお支払いただくことがあります。

レーシック/PRK   25万円 (両眼) 

ICL (Hole ICL)   
乱視がない場合 60万円(両眼) 30万円(片眼)
乱視がある場合 70万円(両眼) 35万円(片眼)

※乱視のあるなしで費用が違うのは、ICLの納入価格がそれぞれ異なるからです。